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日記 + 最新小説保管 / 創作・版権二次創作 / 同性愛要素、性表現含
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X-Day (1)
 このところ、彼は悩んでいた。
 食事の支度をしているときも、ゆったりとくつろいでいるときも、至福ともいえる恋人の腕の中にいてさえ、彼の心中を占めるのはその悩みだった。
 とはいうものの、それは神経をすり減らすような、深刻かつヘヴィな悩みでは決してない。
 では何かというと、いつの頃からか二月も半ばに設定された、お菓子業界の陰謀とまで謳われる、とある行事。そう、バレンタインデーについて延々と悩んでいるのだ。


「……むう」
 今ここには愛しい恋人がいない、だからこそ出来るしかめ面である。そんな表情を見せたところで嫌われるということはないだろうが、恋人の前でこんな顔をしたなら、一体何に心を痛めているのかと心を煩わせてしまうからだ。
 なので今のうちとばかり眉間にしわを存分に寄せ、端正な作りの顔を思案に歪ませ、彼──椎奈はため息をつく。
 女性のような名であるが彼の性別はれっきとした男性、そしてまた彼の恋人も男性。故にバレンタインなど地方によっては一般的に女性から男性に送る行事なのであるからして、無視しても良い。
 なのだが、恋人に物を贈るというのは古今東西性別身分人種を問わず、楽しいものなのである。
「椎奈。あんまりそんな顔してたら、眉間にしわがついてとれなくなっちゃうよ?」
 ここ、ここと指先で椎奈の眉間をとんとんと突いたもう一人の男性──戒が、柔らかい笑みを浮かべた。
 冗談ぽく諭すような戒の言に耳もくれず、椎奈は唇を尖らせた。端正な顔が瞬く間に幼さを帯びる。
「でもな戒。蒼灯の前でこんな顔できないからな、今ここで位良いだろう」
「俺は良いけど、そのしわ取れなくなったらどっちにしろバレると思うんだけど」
「そういえばそうか。ならば、もしもしわがついてしまったなら伸ばそうと思うから、その時は教えてくれ。しわのついた顔で蒼灯の前に出ると悩んでいるのがばれてしまうからな」
「……そういう問題じゃないと思うんだけど」
 半ば呆れたように微笑みながら、茶葉の開きが頃合いになったであろう茶器を手に取る。
「おかわり、飲むよね二人とも」
 二つの頭が頷くのを確認してから戒は茶器を傾ける。
 椎奈が何か悩んでいるのは蒼灯も既知だろうし、そもそも一度ついたしわを伸ばすという発想自体がどうかと思う戒である。椎奈の発言が天然じみているのはいつものことなのだが。
 茶が注がれた三つの湯のみから、温かな湯気が昇る。特別に精製した茶葉は、この場にいるもう一人のオリジナルだった。
「白哉、はいどうぞ」
「ありがとう」
 軽く頭を下げた白哉の長い髪がさらりと頬をなでる。
 一見すると女性かと見まごう華奢な体躯、そして細面の美人ではあるが、白哉もまたれっきとした男性である。和を好み、普段から着物を身に着けている彼は、趣味で茶葉の精製をすることがある。中でも出来の良かったものを、お茶会の土産に持ってきてくれたのだ。
 戒も白哉も現在城を離れている為、こうして三人でお茶会をするのは本当に久方ぶりだった。
「さて、白哉のお茶も戒の茶菓子もだいぶ堪能したし、そろそろ主題に入りたい」
 こくり、と二人は頷いて椎奈に視線を寄せる。そもそも急にお茶会がしたいと言い出したのは椎奈であって、その深い理由を二人は知らされていなかった。
「そんな顔してるってことは、何かあると思ったしね」
「ええ。どうぞお聞かせください」
「うむ。実はだな。今年のバレンタインをどうするか考えたい」
 表情から声まで至極真剣な椎奈とは裏腹に、戒は目を点にし白哉は首を傾げた。
「……は?」
「椎奈。それは今から考えるのですか」
 二人はカレンダーを頭に思い浮かべた。バレンタインデーと呼ばれる日は二月十四日。今はまだ一月。手作りのセーターやらマフラーやらを編む女子ならば準備をしていても良いかもしれないが、普通にチョコレート等の菓子をプレゼントするだけならば時期的に少々早い相談だ。
 だが二人の反応を不服に思ったのか、椎奈は再び眉間にしわを寄せる。
「何を言ってるんだ。遅すぎるくらいだぞ白哉」
「と、言いますと?」
「それはだな。俺は自分が用意するだけではなく、他の者達にも協力したいと思っているのだ」
 ああ、と二人は口をそろえる。
「例えばだ、何かを作りたいからこういう材料が欲しいとか、そういう協力を出来ればと思ってな」
「でもそういうのって、ブランド物のチョコとか買っちゃう人もいるんじゃない? 買う楽しみってのもあるかもしれないし」
「協力が特にいらんと言う者の行動まで制限強制しようとは思わん。ただ、手に入りにくい菓子や高額すぎて手が届かないと悩む者がいたなら、その通貨を用意するつもりだ」
「……一応聞くけど、誰が?」
 この中では唯一勤労者である戒が恐る恐る尋ねる。
「あいつなら持ってるだろう。提供してもらう」
「……あ、やっぱり義父さん?」
 そう言って戒は、実質貯金額がいくらあるのか計り知れない後見人である義父を思い浮かべて苦笑する。確かに彼ならば気軽に援助してくれることだろう。
「大丈夫だ戒、お前の給料を使おうなんて思ってないぞ」
 そんな心配よりも、彼のお金を当てにしている以上きっとそれなりに弄られるだろう椎奈の未来を思って苦笑していたのだが、とりあえずそれは胸の内にしまう戒であった。
 一人静かに茶を口にしつつ、二人のやり取りを聞いていた白哉が口を開く。
「ところで椎奈。発案自体は悪いこととは思いませんし、助けの欲しい者には朗報となるでしょう。ですがその企画、誰がパイプ役になるのです?」
「パイプ?」
 ええ、と白哉は頷く。
「皆に希望を言ってもらうというのは良いことでしょう。けれどこの蒼溟殿は、基本人ならざる者の城。人によっては敷居が高く感じられましょう」
「ふむ」
「ならば、こちらから赴くのが宜しいかと。ありていに申せば、御用聞きですね」
「成る程! それは良いな、採用だ。問題は誰が行くかだが」
 それなら、と白哉は明朗に微笑む。
「一人しかいないでしょう。普段の仕事を思えば、少々重労働になってしまうやも知れませんが」
 二人の視線が交じり合い、そして一点に集約する。
「やっぱ、俺の役目だよねそれ」
 視線を受けて苦笑交じりに呟いた戒は、肩をすくめてくすくす笑い合う二人を見返す。
 現在戒はバーテンダーの仕事に就いている為、バレンタインに向けて新メニューの開発など色々あり、決して時間があるとはいえない。
 だが、かつてアンテナと呼ばれる中継役を担い、基本仲間全員としっかりした面識を持つ戒が御用聞きとなるのが、三人の中で最も適しているのは明らかだった。
「うむ、頼んだぞ戒」
「無理はしないように、お気をつけて」
「はいはい。早めにアンケート取るよ」
 明日から忙しいなこれは、と調子の良い二人を恨めしく思いつつ、久しぶりに皆とコンタクトを取る楽しみとを半々に抱きながら、戒は幾分冷めたお茶をゆっくりすすった。
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アドレサンス妄想(レン×リン)──シグナルP様&orange様
「……行かないで」
 空気に溶けてしまいそうなか細く震えた声音を喉の奥から搾り出し、俯いたリンがレンの着ているシャツの裾を小さく摘む。
(どうして)
 唇だけを震わせて無音の呟きを吐いたレンは、無意識にごくりと喉を鳴らした。
 頬を薄く紅潮させて、今にも緩んでしまいそうな涙腺の扉を必死で押えているリンを見ていると、その華奢な背中に腕を回してしまいたい衝動に駆られる。
 躯の芯から湧き上がる熱を堪えてぐっと拳を握り締め、レンは無理やり口元に笑みを浮かべた。
「オバケが怖い? まだまだ子供だね、リン」
 先の跳ねた亜麻色の髪に優しく指を通し、宥めすかすように微笑む。
 嘘をつくのに慣れてしまったのは、一体何時からだろうか。
 恐らくは、胸の奥にある小さな芽が、世間では罪悪なのだと知ったあの日。仲が良すぎる自分達に対し、奇異に満ちた訝しげな目を向ける大人の心無い一言から。
『仲が良いのは結構だけど、良すぎるのもどうかしらね。近親婚は血に悪影響しか及ぼさないわ』
 自分達には難解で判らないだろうと踏んで発されたその言葉を、後日こっそりと辞書で引いたレンは、指先から体温が失われていく感覚に襲われた。
 こんな想いをリンにさせたくない。
 それ以来大人たちの視線を気にしたレンは、時に笑い時に怒り、適宜場面に合った感情を表現することで、ただひたすらに優等生の弟を演出してきた。
 二人の躯が成長するにしたがって、今は一緒にいるのが当然な姉との離別が待っていることくらい、レンは理解している。例え身を引き裂かれる苦しみを伴うとしても、そうすることがリンを守る事になるのなら幾らでも上手に嘘がつけた──今までなら。
「でも、僕も部屋に帰って寝ないと」
「一緒に寝れば良いじゃない」
 顔を上げたリンの視線が、物言いたげに訴えかける。上目遣いに潤んだ瞳の中にリンの想いを見つけたレンは、思わず目をそらして天を仰いだ。
(反則だよ、リン)
 互いに想い合っているのに、悪いことがあるのか──信条がグラつきかけたレンだったが、理性を総動員して悪魔の囁きを押し込める。 
「……それはダメだよ、リン。オバケが怖いなら、目を瞑ってしまえばきっとすぐに眠れる」
 全てはリンの為に、レンはこの想いを隠し通すことを心に誓っていた。両親によって部屋を分けられたのはこの上なく寂しいが、留め金が壊れてしまいそうな今の状態を思えば良いことだったのかもしれない。
 いつの間にか自分よりも小さくなったリンの手をとり、僅かに赦された触れ合いに万感の想いを込め、細い指先にそっと口付ける。
 ──今、この瞬間が永遠に止まってしまえば良いのに。
「おやすみ、リン」
 名残惜しげにリンの手を離したレンは躯を反転させ、リンに背を向けて扉のノブに手をかける。
 刹那、背中に温かな感触を覚えたレンは反射的にその手を止めた。
「……え?」
 リンが背中から抱きついてきたのだと理解するのに数秒の時を要した。
 この世に生を受ける前から耳に馴染んだリンの鼓動が自らの心音とシンクロする。 
「レンの馬鹿。嘘つき。約束したじゃない、ずっと一緒にいようって」
 額をレンの背中に押し付けて、リンが小さく首を横に振った。
 涙交じりの息遣いに、レンは唇をかみ締める。
 幼い頃の大切な約束は、勿論レンとて覚えている。無邪気に結んだ小指を引き離す『世界』を壊したいと願わない日はなかった。
(でも、だけど……!)
 大人達の奇異の眼差し、あれがリンに向けられる位なら。いやしかし今リンを悲しませているのは他ならぬ自分で。 
 矛盾する想いが交錯し、ドアノブを握ったままの手が震える。
 ここは境界線だ。行くも戻るも、全てはレンの意思次第。そしてリンは既に答えを出しているのだ。
「リン」
「何?」
「今なら戻れるよ」
「私が居てって言ってるの」
 切なげに呟くリンの声音を耳にしたレンは、ふぅっと深い息を吐いた。
「……判った」
 リンの──かつては二人のものであった部屋の、半開きだった扉がレンの意思によってゆっくりと閉じられていく。
 外界の拒絶、そして二人だけの世界を作り上げること。それが今後、二人の人生にどんな影響があるのかは判らない。だが今ここでリンを拒絶すること以上に酷いことなど起こらないだろうとレンは思う。
 大切な、愛しいたった一人のお姫様。この温もりを、笑顔を守る為ならば幾らでも嘘をつける──そう、これまでにように。
 ただこれからは嘘の方向性が変わるだけだ。むしろ、その方が気は楽かもしれない。
 自分の心とリンに対して、素直に生きられるのだから。
「大好きだよ、リン」
「うん……私も」


 パタンと完全に閉じた扉の内側で、静かに部屋の明かりが落とされた。
後藤×しのぶ
「新型機みていかないの?」
 かつては剃刀の異名で名を馳せた、今はすっかり昼行灯の男がのほほんと新聞を眺めながら無遠慮に聞いてくる。
 まったく、この男はどうしてこうもデリカシーに欠けるのか。
 だがここで感情的になるのも大人気ない、としのぶは内心溜息を吐く。
 そもそも三年前の機体を使用している第一小隊も衣替えの時期なのだ。
 ただ新たに第二小隊を設立するという話を聞いた時点で、ただでさえ予算厳しい特機部隊なのだから、しのぶは自分の隊に新型が来るという可能性は捨てた。
 捨ててはいたのだが、新型が導入される第二小隊の隊長である昼行灯──後藤に言われると、やはりそれなりに腹が立つ。
 内心の憤りをひた隠し、しのぶは帰り支度を整えつつ平静な顔を作って答えた。
「くやしいからみないわ」
「ほう」
「というのは冗談。何時に着くかわからないもの待ってられないもの」
 前者も後者もしのぶにとっては事実だった。
 悔しくはあるものの、しのぶが指揮する第一小隊は人材について申し分なく、旧型であるハードを何度も実力で補ってきた。今後もしも上層部が必要と判断したなら、第一小隊にも新型機が導入されるだろう。それまで待てばいいだけの話だ。
 加えて激務が続いていたというのもその通りで、わざわざ今新型の到着を待たなくとも、どうせすぐ見る事になる。それくらいなら少しでも体を休めたい。
 そんなわけで、98式AV──通称イングラムが今夜到着する知らせが入ったものの、しのぶはそれを見ていくつもりはなかった。
「今日まで激務が続いてたのよ。一晩ゆっくり寝たいわ」
 それじゃ、と隊長室のドアノブに手をかけたしのぶだったが、ふと背後に気配を感じて振り返ると、いつの間にいたのだろうか、そこに後藤が立っていた。
「なに? 後藤さん」
「いや。たいした事じゃないんだけどね」
 カキコキと肩を鳴らした後藤は、身長差のあるしのぶの肩に手を乗せる。
「激務でお疲れのしのぶさんに心ばかりのプレゼントをと思って」
「気味が悪いわね」
 根っからの悪人ではないが、善人でもないこの男の言をそのまま鵜呑みにする事の危うさを、しのぶは良く知っていた。
 数年来の同僚であり、今は爪を隠しているもののその才覚は充分承知している。だからこそどんな裏があるかわかったものじゃない、としのぶは肩をすくめて首を横に振った。
「後藤さんから何か貰ったりしたら後が怖いから止めておくわ」
「そんなに警戒しなくても、たいしたものじゃないよ」
 いつもの飄々とした顔を崩さず、後藤は身を屈めてしのぶに顔を近づける。
「目、瞑ってくれる?」
「いいけど」
 釈然としないまま、しのぶが言われた通りに瞳を閉じると、ふわっと漂ってきた煙草の香りが鼻腔をくすぐる。
 勤務中とは違う「男」を後藤から感じ、しのぶは躯に僅かな緊張を走らせた。
(……何?)
 深く考えずに瞳を閉じたが、ありえない可能性を思い浮かべたしのぶは思わず手に汗を握った。
 まがりなりにも警察官が、職場で相手の同意もなしに不埒な行為に及ぶわけがない──筈だ。
(でも、まさか)
 後藤という男に人間的な好感を抱いてはいるし、男として見た時、それなりの魅力を──多大なクセがあるものの──持っているのもわかっている。
 更に言えば、後藤に対して男と女である事を全く意識した事がなかったかと問われると、しのぶはそれを即答する事が出来ない。
 だがお互いあくまで同僚としてこれまでやってきたのだ。こんな展開が訪れる事など想像だにしていなかった。
 目を瞑れと言った後藤の真意がどこにあるのか、あれやこれやと思索を巡らせていたしのぶの手に、不意に小さな固いものが握らされる。次いで「もう開けて良いよ」という後藤の声が頭の上から響く。
 首をかしげながら瞳を開いたしのぶの視界に映ったのは、袋に入った小さな飴玉だった。
「疲れている時は糖分が大事だからね」
「あ、ありがとう」
 ただ飴玉を渡す為だけだったのかと、拍子抜けしたしのぶは躯を覆っていた緊張を解いた。
 時間にして数秒足らずではあったが、果たしてわざわざ目を閉じる必要がどこにあったのか。
 考えたところでやはり後藤の真意はわからないが、とりあえず疲れている時の糖分は確かにありがたい。帰宅中にでもなめさせて貰おうと飴玉をポケットにしまうしのぶに、後藤がにやりと口角を上げる。
「何?」
「しのぶさん、俺にとって食われると思った?」
 ヘラっと笑いながらいつもの調子で茶化した後藤の言葉を聞いて、しのぶの頬に血が昇る。
 その可能性を考えていなければ一笑に付す事が出来るのだが、今回に限っていえば全く持ってその通りなので、後藤の発言を否定する事が出来ないし、実際に考えていたのを見透かされたのも癪に障る。
 悔しさのあまりわなわなと躯を震わせたしのぶは後藤を見上げ、キッと睨んで叫んだ。
「……帰ります!」
「うん、お疲れ様」
 何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みでひらひらと手を振る後藤を背に、心身共に疲労したしのぶは隊長室を後にした。
 駐車場に向かう途中、しのぶはふと人気のない廊下で立ち止まり、ポケットを探って飴玉を取り出す。袋を破り、後藤には不似合いな苺ミルク味の飴玉を口に放り込むと、甘ったるい合成甘味料の味が口内に広がった。
 ほんの少しだけ、疲労感が薄れる気がする。
「本当に、何考えてるんだか」
 ぽつりと呟いたしのぶは、空になった袋を握り締めて駐車場へと向かった。
GvG話 ハイプリ&ハイプリ(♂&♂) (1-5)
 やけに陽射しが強く、まるで肌を焦がすように太陽が大地を焼く。
 そんな日の夜は地面もなかなか冷えず、従って気温もそれに倣うかのように高いまま。余程暑さに強い人間を除き、万人の寝苦しさを誘発するには充分な夜だった。
 そして、そんな人間が此処にも一人。
「……」
 ごろり、と寝返りを打ってはシーツに皺を寄せる。
 赤みがかった肩にかかる長さの髪の毛は、普段は自慢できるほどにサラサラなのだが、今は彼の汗でしっとりと濡れている。
 窓を開けても風が吹いてくるわけでもなく、部屋も外も気温は大差ない。
 自分がウィザードならば良かったのに、と彼はヤケクソ気味に思う。尤も部屋の中でストームガストなど起こせば、ギルド宿舎の管理を一手に引き受けているサブマスの嫁からクレームが来ること必至、下手すればギルド宿舎追放令を出されること請け合いなのだが。
「暑いんだよ、クソっ」
 苛立ち紛れにベッドの柱を殴ってみるも、拳が痛むだけで勿論何の解決にもならない。僅かに赤く腫れた手の甲に向けて、彼は小さく「ヒール」と呟くと瞬く間に痛みは立ち消える。
 ハイプリーストの彼にとって、こんな程度の事はお茶の子さいさい。だが眠気をもたらす事は、如何に高位の聖職者だろうと無理な相談だった。
「誰かに頼んでサンドマンでも置いて貰うか……」
 ついには無茶な──罠の力で眠る──方法まで口にした彼は、自分が現在末期症状である自覚が無い。
 彼が眠れない理由は、暑さの所為だけではなかった。
 認めたくない、とある事実が彼の脳内を支配し、悶々とさせる。昼間の狩で疲れきった躯はさっさと休みたいと悲鳴を上げている筈なのにも関わらず、眠気は一向に訪れる気配が無い。
 はぁ、と彼がイズルートの海底神殿にまで響き渡りそうな深い溜息を吐いたそのとき、無遠慮にドアをノックする音が響いた。
「……誰だ」
「俺俺」
 普段は丁寧語で接する彼だが、些か乱暴な口調になってしまったのは気分が荒れていた所為もあるだろう。苛立ち混じりに答えた反応は、相手はどこかふざけた軽い口調の男の声。
 名乗っては居ないが、勿論、彼には声の主に心当たりがあった。
「俺俺詐欺は間に合ってるんで」
「えー」
「いいから寝ましょう、今何時だと思ってますか」
「寝ました!」
「いや今起きててそこに居るし」
「寝てから起きました!」
「そーいうことじゃなくて」
「てことで開けて?」
「……人の話聞いてんのか」
 最後の一言はドアの向こうというより独白に近かったが、言ったところで無駄だろう。第一、その人物はカギのかかっている部屋のドアを強引にこじ開けようとしているくらいだ。これ以上の説得は皆無に等しい。
 尤も、ドア向こうの人物相手にこの手の説得に成功したことなど一度もないのだが。
 諦めて立ち上がった彼がカギを外してドアを開けると、そこには彼の予想通りの人物──銀髪のハイプリーストが満面の笑みで立っていた。
「やっぱり鷹也(たかや)さんですか……」
「ばんわ! 酒盛りしようと持ってきました! てことで部屋入れて?」
 鷹也と呼ばれたハイプリーストは、夜着のまま酒瓶とつまみらしきものが乗った皿を手にしてにこにこ微笑んでいた。
 予想通りの展開その二だ、と彼は力なく頭を垂れる。
「もー、なんか凹んでるっぽいから慰めに来たのに。桐史(きりし)たんたらつれないなあ」
「別に、凹んでなんか」
 部屋の主である彼──桐史の許可を待たずに部屋の中へと歩を進め、テーブルに持ってきた酒とつまみをセッティングした鷹也は、桐史の反論を聞いてくるりと振り返る。
「嘘だなあ。じゃなきゃ俺ここに居ないし。どーせ悩んでるのって相方のことじゃん?」
「……」
 押し黙った桐史には返す言葉が無かった。それこそが、桐史が眠れない本当の原因だったからだ。
「ほらほら立ってないで座る座る」
 促されるまま、開いていたドアを閉めた桐史は、ふらふらとおぼつかない足取りでテーブルの前にどさりと腰を落とし、赤い縁のメガネをかけた。
 クリアになった視界で、桐史は鷹也がグラスに酒を注ぐのを無感動に眺める。
「いくら相方が落ち込んでるからって、桐史たんまで落ち込んでちゃ誰が彼を慰めるんだ」
 それまで黙って聞いていた桐史の肩が、鷹也の言葉に反応して僅かに震えた。なみなみと酒の注がれたグラスを手にすると一気に飲み干すと、空になったグラスを乱雑に置く。
「誰が、落ち込んでるって?」
「桐史たんが」
「違いますよ鷹也さん。俺は落ち込んでなんていない」
「んじゃ、何?」
 鷹也の問いに、桐史は硬く握った拳を机に強く叩きつける。
「だって、あいつら許せないですよ……そりゃ、貴瀬も気の強いやつだし敵を作りやすいけど、だからって暴言吐いて良い理由になんかならない。貴瀬(きせ)がいわれの無い暴言吐かれてどんなに傷ついてるかも知らないで。なのに言った奴が今ものうのうと狩してると思うと、枝でも折って轢き殺してやりたくなるっ……」
 激昂し何度も机を殴って赤くなった桐史の拳に、鷹也は黙ってヒールをかける。
「なのに俺は貴瀬に何も出来ない。力になれない。話聞こうとしても、俺のほうが熱くなってダメだ。だから、貴瀬は……俺じゃない人に話を聞いてもらってる」
 そんな自分に苛立っているのだ、と桐史は苦々しく呟いた。
 そもそも貴瀬がその事実を知ったのは、桐史の所為だった。高レベルのハイウィザードである貴瀬は、その力の強大さ故に方々から狩に誘われる。そのうえ気強い性格も相まって、やっかみも買いやすい。
 先日、貴瀬本人の居ないところで暴言を吐いている連中を目の当たりにした桐史は、自分が暴れても意味がないとその場はぐっと堪えたものの、収まらない憤りを「こういうやつは本当に許せない」と当の貴瀬に話してしまった。
 知らぬが仏、言わぬが花。知らなければそれで済んだ話を、大切な相方である貴瀬に話してしまい、落ち込ませてしまった自分が一番許せないのだ。
「桐史たん、貴瀬たん取られちゃうかもって心配してる?」
「っ!」
「貴瀬たんがさっきKey(キィ)さんの部屋から出てくるの見たんだよな。貴瀬たんの話聞いてる相手ってKeyさんか。Keyさん包容力あるしなあ」
「……」
 貴瀬たん俺のとこに来てくれればいいのに、という鷹也の軽口は桐史の耳に入らなかった。
 何故ならギルドの中でも大人びているKeyの名前を出され、桐史は激しく落ち込んだのだ。先輩ハイプリーストであるKeyには支援の腕も敵わず、桐史にとって目下目標である相手。Keyには既に相方がいるし、貴瀬を取られる心配は毛頭ないが、貴瀬が向こうを選ぶ可能性なら充分にありえる。
 俯いて肩を落とした桐史の肩を、いつの間にか隣に座っていた鷹也がぽんぽんと叩く。
「どうすればいいか教えようか」
「……?」
 怪訝な表情を浮かべた桐史の顔を覗き込んだ鷹也は、真面目くさった顔で口を開いた。
「いいか桐史」
「はい」
「桐史は俺が守る」
「……は?」
「桐史、愛してるよ」
「あの」
「桐史も俺を愛してくれてるよなっ」
 突拍子もない鷹也の告白(?)に桐史が目を白黒させていると、そのまま真面目な顔でうんうんと鷹也は頷く。
「とまあ、こんな風にだ桐史たん。貴瀬たんに愛してるって言ってみるといい。あ、最後のはノリだから」
「……そんなんで元気出てくれるんなら、とっくに言ってますよ」
「ばっかお前何言ってるんだ。好きなやつに「愛してる」って言われて嬉しくないわけないぞ。元気も出るに決まってる」
「鷹也さんでもですか」 
 桐史の素朴な疑問に対し、鷹也はニヤリと口角を上げる。
「桐史たんが俺のこと愛してるって言ってくれたら教えてもいいっ」
「……」
 再びなみなみと酒の注がれたグラスを手に取り、桐史は鷹也の手にしていたグラスに軽く重ねた。小気味良い音が二人の鼓膜を震わせる。
 思えば今まで「愛している」と口にした事がないことに気がついた桐史は、貴瀬に言う練習代わりだと思い口を開いた。
「愛してます鷹也さん」
「OKじゃあこの後マスタと貴瀬たんに報告しよう」
「ちょっ」
「あっれ桐史たん何慌てて本気にした?」
 冗談に決まってる、とカラカラと笑う鷹也を見ていると、どこまで本気でどこまで冗談なのかを問い詰めるのも馬鹿馬鹿しくなってくる。それになんだかんだと自分を気遣って部屋にきてくれたのだというのは、いくら桐史でもわかる。
 桐史は脱力しつつも、傍若無人に見えて細やかな配慮をくれた鷹也に頭を下げた。
「ありがとうございます、鷹也さん」
「んじゃま、今夜は飲もうぜ!」
 照れ隠しなのか、先程の桐史と同じようにグラスの酒を一気に飲み干した鷹也は桐史の背中をばんばんと叩く。
「痛いんですけど」
「これぞ愛の証!」
 幸い、明日は狩の予定も会議の予定も入っていない。
 痛みとともに温かさを感じた桐史は、鷹也と夜を徹して飲もうと追加の酒を出すために立ち上がると、察した鷹也がすかさず注文をつけた。
「桐史たん、俺モロクワイン」
「はいはい」
 苦笑して部屋の簡易キッチンに向かう足取りに重さはなく、桐史の躯を埋めていた寝苦しさはもはや消え去っていた。
主×神楽
 朝は軽めのハーブティ。この季節は涼やかな香りが鼻腔をくすぐり、爽やかな目覚めになるようミントを配合。合わせてお出しするのは典型的なブリティッシュスタイルの朝食。昨夜から種を仕込んだ焼き立てクロワッサンをライ麦のパンに、スクランブルエッグとベーコン、サラダを添えて。
 店の早朝仕込みを一旦中断し、あの方が起きていらっしゃる頃に合わせてこちらに戻り、食事をお出しする毎日も最早日常とのものとなっている。
 そして今日も。丁度皿に盛り付けたタイミングで、彼の方がいらっしゃった。
 恭しく頭を下げる。使用人ではないのだからと幾度も注意を受けているのだけれど、この癖ばかりはなかなか治らない。
 周囲に「主」と呼ばれるこの方の、本当の名を私は知らない。いや、知っている筈なのだけれど思い出すことが出来ない。だから私は常に彼の方を二人称でお呼びしている。
「お待たせいたしました」
「……ああ」
 私が椅子を引くと、彼の方が腰をかける。
 食事がセッティングされたテーブルに、温かな湯気が立つ。そろそろ紅茶も飲み頃になっているだろうと、私は白い陶磁器のポットを手にとってティーカップへと琥珀色をした紅茶を注ぐ。
 特にこれといった会話の無い、静かな時間。
 けれどそれこそが私にとって至上の、そして心休まる時間でもあった。
 私が作ったものを一つ一つ丁寧に口へと運んでくださること。そして、僅かな表情の変化が味を評価してくださることが嬉しい。味の感想を一々聞く必要は無かった。何故なら、彼の方の表情が全てを物語っていたから。
 私にとって食事の時間とは、彼の方にとっての私の存在価値を再確認できる大切な時間でもあった。
 だがそんな時間も長くは続かない。
 中断した仕込みの続きを行わねば、開店に間に合わないからだ。
 心中は非常に名残惜しくあるけれど、仕事もまた私の生き甲斐なのだから。
 私は再び恭しく頭を下げ彼の方にご挨拶申し上げる。
「それでは、行って参ります」
 コックコートの襟を正し、私は再び天界の自分の店へと向かう。
「神楽」
「はい?」
「今日も鳥の姿でそちらに行くから待っていろ」
「……はい、お待ちしております」
 
 天界へと向かっても決して寂しくは無い。
 生き甲斐である仕事をしているからなだけではなく、彼の方が姿を変えてまで私の傍へと来てくださるからだ。
 
 今日の昼食、それから夕食を今から考えよう。
 あのお方に少しでも喜んでいただく為に。
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