忍者ブログ
日記 + 最新小説保管 / 創作・版権二次創作 / 同性愛要素、性表現含
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

X-Day (9)
 一目。もう一目。編み棒の先でゆっくりと数えながら、一本の毛糸を少しずつ「形」にしていく。
 編み物というこの作業、実は彼にとって生まれて初めての経験である。
 教えてもらった通りに編み棒を動かしていくシンプルな手作業。人によっては苦痛を感じるこの作業も、彼にとって苦ではなかった。
 大地に降り注いだ雨が地面へと自然に浸透していくように、人から教わったことを素直に吸収するのは彼の気性によるものだろう。
 ──問題は、彼は指先があまり、というかかなり器用ではないということくらいか。
 もって生まれた使命のためか楽器の演奏だけは器用にこなすのだが、それ以外が絶望的に不器用なのである。
 そんなわけではじめのうちは毛糸の塊らしき物体をいくつも作っていだが、幾度も繰り返すうち流石に少しずつ慣れてきのか、一応マフラーの形をしたものが出来上がりつつある。長方形というよりも台形であるが。
「……」
 無心に編んでいた指がふと止まり、不思議そうな表情を浮かべた彼──アークは軽く首を傾げる。
 編んでいる最中、何故か時折こうして指が止まってしまう時があるのだ。
 最初はそうでもなかったのだが、完成が近づくに従って頻度が増してきている。
 理由はアーク自身にもわからない。
 指が疲れたわけでもなく、飽きたのでもなく、ましてや編み物が嫌になったということでもない。ただそれ以上編み物を続けられなくなり、胸の中心辺りが軽く締め付けられる。
 自分の意思で動かない指に戸惑うのだが、そんなときアークはすぐ近くにいる存在に目を向ける。
 そうすると、これまた何故か落ち着いて作業を再開することができるのだ。
「どうしたアーク」
「修羅」
 今もまた指が動かなくなったので治す為に見ていた存在──修羅と目が合ったアークは、小動物が身震いするように首をふるふると横に振る。
 実のところ「アーク」という名は彼の真実の名ではなく、また自身の真名をアークは知らない。
 生まれてまもなく役目を与えられ、名のないままそれを全うするだけの日々だった。もしかしたら創造者に名づけられた名があるのかもしれないが、呼ばれた記憶がないので判らない。またその場所に訪れる者も皆無だったので、名前がないことの不便さを感じたことがなかった。
 なので「アーク」は修羅によって便宜上付けられた名であるのだが、そう呼ばれるのにもすっかり慣れた。
「なんでもないのか?」
 こくん、とアークが水飲み鳥の様に小さく頷くのを見た修羅は「そうか」と微笑み返した。
 基本的にアークには「嘘をつく」という概念がないので、修羅がアークの言葉を疑うことはない。尤も、アークがその感情の正体がわからず悩むこともあるので、そういうときはしっかりと話を聞くが。
 絹を思わせるアークのさらさらな金髪をわしゃわしゃと撫で、何事か呟いた修羅が立ち上がる。
「お茶淹れてくる。アークも飲むよな?」
「飲む」
「よし、待ってろ」
「待つ」
 キッチンへと向かう修羅の後姿を見やりつつ、アークは再び動くようになった指でマフラーを編み始める。
 正直なところ、アークはバレンタインという行事にあまり関心がない。修羅とは常に一緒にいられるし、あえてわざわざプレゼントを贈る意味が判らなかったからだ。
 ただバレンタインというのは毎年好きな人に何かしらあげるものなのだ周囲に教えられ、それはアークの知識として頭に入ってる。
 なので今年も周囲で持ち上がった企画に対して何の疑いもなく首を縦に振り、ひたすらマフラーを編んでいるのだ。
「アーク」
 頭の上から聞こえた声をに反応し、アークはゆっくりと顔を上げる。
 いつの間に戻ったのか、温かい湯気をたちのぼらせた湯のみを二つ盆に乗せた修羅がアークの隣に立っていた。
 ひたすら編み物をしていたせいか時間感覚が全くなかったのだが、二人分のお茶に使う湯を沸かせる程度は経っていたらしい。
 腰を下ろした修羅が手際よく眼前のテーブルに湯のみを置いてから「どれどれ」とアークの手元を覗き込む。
 多少網目が歪な、完成間近のマフラー。クリーム色に近い淡い黄色を選んだのはアークである。どんな色の毛糸を用意して欲しいか聞かれ、目の前に出された色見本台紙から迷うことなくこの色を選んだ。
 これまた、アークにも理由はわからない。しいていうならば、直感だった。
「だいぶ進んだんだな。完成楽しみにしてる」
 編みかけのマフラーを手に嬉しそうな修羅を見て、アークはこれを作り始めてから最大の胸痛を感じた。
 体中の水分が急速に涙腺めがけて集まってくるような気がする。
 まなじりから涙が零れるのを懸命に抑えたアークは、運ばれてきたお茶を手にすることもなく暗い表情で俯いた。
「……いい」
「ん?」
「……しなくていい」
「は?」
 パチパチと数度瞬きをし、不思議そうな声で聞き返す修羅に、顔を上げたアークは物憂げな表情を向けた。
 珍しく感情を前面に押しだした──それも明らかに負の感情がありありと浮かぶアークを見て、修羅の表情が引き締まる。
 まつげは既に涙に濡れていた。涙はまだ頬に流れ落ちていないが、それも時間の問題だろう。
 修羅の親指が無造作にアークのまなじりに溜まっていた涙を掬う。
「完成、しなくていい」
 判ってしまったのだ。
 何故、自分の指が止まってしまうのか。
 気づいてしまったのだ。
 その、至極単純な理由に。
「何でそう思ったか、判るか?」
 しょげ返ったアークの頭を胸に抱き寄せた修羅が、そのまま慰めるように優しく撫でる。
 全身に修羅の体温を感じたアークは少し安心したのか、ぽつりと囁くように唇を震わせた。
「修羅の為に、出来るのが終わるから」
 これまでアークは修羅から様々なことを学びながら生活してきた。一般常識に始まり、生活のちょっとした知恵等も修羅から教えられている。
 言ってしまえば、今現在アークの生活は修羅がいてはじめて成立していると言っていい。
 では逆に今のアークが修羅に何をもたらせたかというと、アークにはこれだと明言できるものがない。
 以前アークは修羅にそれを問うたことがあるが、修羅の解答は「一緒にいられる時間が何よりのプレゼント」だった。
 普通に考えれば安心し喜んで良い筈の答えなのだが、それはアークも同じなのだ。修羅には共にいられる時間を貰っている。つまりその点において互いに与え合うことが出来ているので、より多く修羅に貰ってばかりだと、アークはそう思っているのである。
「修羅の為に、もっとしていたい」
 たかが編み物、されど編み物。相手の為に何か出来ている時間がもうすぐ終わるという事実が憂鬱の原因だった。
 指が自然と止まってしまったのも、鈍いアークの心が自覚するよりもいち早く躯が反応していたのだ。
「だから、完成……しなくて、いい」
 たどたどしくそれだけ語ると、アークはぽろぽろと大粒の涙を流し始める。
 臨界を越えていた涙腺がとうとう崩壊し、静まり返った部屋にアークのしゃくりあげる泣き声だけが響いた。
 元々アークは自己主張の薄い──というよりいっそ自我の乏しい性格なので、こうして泣くことは珍しい。そう考えれば良い傾向といえば良いことなのかもしれないが。
 熱々のお茶がすっかり冷えきった頃、ようやくアークの慟哭は静まった。
 それまで黙ってアークの肩を抱いていた修羅が静かに口を開く。
「アーク。それが完成しても、俺の為に何かしたいって思ってくれるか?」
 俯いたままアークが頷く。
「なら折角編み物覚えたんだから、もうちょいレベル上げて他の物も作ってみよう」
「修羅、に?」
 紅潮した頬を涙に濡らし、上半身を軽く痙攣させながらアークは修羅を見上げる。
 屈託のない笑みを浮かべた修羅がアークの頭に優しく手を載せた。
「勿論。あ、アークが自分のを作っても良いけど」
「修羅のがいい」
 普段ゆっくりしゃべるアークが即答する。
「そっか。じゃあまた毛糸貰わないとな」
 まだまだ、修羅に何かしていられる──修羅の言葉に安心したアークは、やっとその顔に笑顔を取り戻した。
PR
X-Day (8)
 バレンタインデー──それは、愛する人へ気持ちを込めてチョコやらクッキーやら、果ては色々なプレゼントを贈る日。女性が男性に贈るのが一般的ではあるが彼等は互いに同性、つまり男性同士だった。
 なら、どちらがあげてもさして問題はないだろう。要は愛する人が喜んでくれれば良いのだから。
「とりあえず、量か」
 ふむ、と彼──依皇は思考を巡らせる。腕の中で眠る愛しい恋人である水の寝顔を堪能しつつ、頭ではバレンタインに何をプレゼントしようか悩んでいた。
 どうすれば、何が一番喜ぶだろうか。水は見かけによらず非常に大食漢であるので、先ずは量があるといいだろう。沢山食べるとなると、飽きがこないよう複数の味があると良い。
 そうなると手軽なのはクッキー辺りだろうか。搾り出し、アイスボックス、型抜き等見た目も楽しんでもらえる。ショコラ、プレーン、ナッツと味も多くのバリエーションがある。惜しむらくは、ケーキなどとは違ってあまりお腹にたまらないことである。
「作るとしたら、前の日かな。それとも、当日に作ってお茶をしてもいいか」
 バレンタインと言っても依皇は別段水に内緒で作るつもりはないので、一緒に作っても良いと思っていた──というか依皇は水を片時も腕から放す気がないというのが一番の理由だが。
 プレゼントについては、今回は全員同じくマフラーにするのだと聞いている。
 折角だからおそろいで作るか、それとも長い一本のマフラーを編んで二人で使うか。
 三十路を超えた自分がマフラーを編んでいる姿というのもなかなかシュールさを感じさせるが、愛する水の為であればどんなことでも依皇は羞恥を感じないだろう。
 何より、水の為に何か出来ると言うことの喜びが勝るので、羞恥などという感情自体が生まれないかもしれないが。
 そんなことを考えつつも、すやすやと眠る水の穏やかな寝顔をじっと見下ろしていたのだが。
「……」
 いつものパターンではあるのだが、ふと悪戯心がむくむくと沸いてくる。
 瑞々しく張りのある陶磁器のような美しい肌に咲いた、形の良い水の唇にそっと口付けると、水の喉奥から吐息と共に僅か鼻にかかった甘い声音が漏れた。
 ごくりと喉を鳴らした依皇の瞳が獣を思わせるほどの鋭さを帯び、官能的な表情が浮かぶ。
「……水」
「依皇さ……」
 眠りが浅かったのか、無意識に返答する水の唇を再度塞ぐと、痙攣したように水の躯が軽く跳ねる。恐らく熱の余韻が抜け切っていないのだろう。
 触れるだけの啄ばむようなキスを暫く繰り返していた依皇だったが、唇を離し意識的にゆっくりと呼吸する。
 それを何度か繰り返し、ふう、と息を吐いたときには、依皇の表情は先程の穏やかなものに戻っていた。
 いけないいけない、と依皇は一人呟く。
 今夜は『かなり体力を消耗させてしまった』ので、ゆっくり寝かせてあげようと決めていた筈だったのだが、水の艶やかさに思わず我を忘れてしまうところだった。
「まったく、今日はおとなしくしていようと思ったのに。水がこんなに可愛いからいけないんだよ」
 勝手に恋人の所為にしてから依皇は、静かな寝息を立てる水の汗ばんだ額に優しく額に口付けた。
X-Day (7)
「痛っ……」
 紅い血が白く細い指先から溢れ、つうっと伝い落ちる。傷自体はそんなに深くはないのだが、細い血管が多く集まっている指はちょっとした怪我でもそこそこ出血してしまうのだ。
 手にしていた包丁を慌ててまな板に置き、彼──桜(ロウ)はとりあえずの応急処置に切ってしまった人差し指をぱくっと銜えた。
 ほんのりと甘い鉄の味が口内に広がる。自分から流れた血を再び自分の中に取り込んでいる気がして、桜は少々不思議な感覚を覚えていた。
 彼の嗜好として血生臭いもの、例えば生のレバーやステーキのレアに代表されるような食事はあまり得意ではなかったのだが、今口内に広がる血の味は別段嫌な感じがしないのが不思議なのだ。
 舌先で傷口を軽く舐めると、ピリッとした痛みが指先を震わせた。
 キッチン台に寄りかかり暫く奏そうしていたが、数分も経てば流石に血は止まったらしく、こんなこともあろうかと用意しておいた絆創膏を傷口に貼る。
 ついでに、と乱れてしまった髪を直す為、一旦髪留めを外した。虹のような不思議なグラデーションがかかった長い髪がさらりと広がり、それを再び一つにまとめた。
 いつもならな綺麗に結い上げてくれる人が傍にいるのだが、生憎と今は一人。桜では後ろにまとめるのが精一杯である。
「ふう」
 これで作業が再開できる、と桜は気合をいれて再び包丁を手にする。
 作っていたのは、今年のバレンタインに贈るチョコレート。少々難易度は高いが、桜は手作りトリュフに挑戦してみようと思い立った。
 レシピは既に調達済み。プロのパティシェが協力してくれて、素人の桜でも簡単に作れるようにと作業をかなり簡略化したものを貰ったのだ。
 持つべきものは技能持ちの仲間である──の、筈だったのだが。
 板状のクーベルチュールチョコレートを刻むところ位は出来る、と頑張ってみた結果がこの傷だった。
 ちなみにこれで使用した絆創膏は三枚目。つまり通算三つ目の怪我だ。
 製菓用板チョコは厚さも硬さもあり、包丁で削っていくのが基本であるが、桜はお世辞にも包丁さばきが上手いとはいえない。
 根本的に、桜はあまり器用ではないのだ。
 以前レース編み等を経験していたおかげか、プレゼントのマフラーはなんとか完成させることが出来た。相手の髪色に合わせた深い緑の毛糸を使ったマフラーは、多少目が飛んでしまっているが、使う分には一応問題ない。これは既にラッピングを終え、渡すだけとなっている。
 が、肝心のチョコがこの調子ではどうしようもない。
「……」
 悔しさと悲しさのあまり、桜の視界が涙で歪んだ。
 心から尊敬し愛情を捧げている人に手作りのチョコレートをあげたいだけなのに、それすらまともにこなせない自分が歯がゆかった。
 既に削られているチョコを用意してもらうのが早いのは判っているのだが、少しでも多く想いを込めたい桜にとってその選択肢は考えられなかった。
 意を決し、傍から見ればいっそ悲壮なほどの表情を浮かべた桜は、恐る恐る包丁をチョコレートに添える。
 全身を緊張させた桜が息を呑んだそのとき、ふと背後に気配が顕現した。
「桜」
「ひゃっ!」
「……そんな驚かなくても」
 後ろから声をかけたんだから驚かせても仕方ないか、と笑うのは様子を見に来た戒だった。今日はバレンタイン前日、企画者として全員の様子を見て回っているのだろう。
 誇張ではなく驚きのあまり飛び上がりかけた桜が、四つ目の怪我を負わなかったのは奇跡といっても過言ではないだろう。
「あ、いえ、そのすみません」
「ううん。俺も悪かったし……って、やっぱりあのクーベルチュールじゃきつそうだね」
 桜の指、絆創膏、まな板のうえのほぼ削られていない製菓用チョコと順々に視線を運び、状況を一瞬で把握したらしい戒がうんうんと頷く。
 自らの稚拙さを言い当てられた気がして、桜は羞恥に頬を染めた。
 下を向いてしまった桜の頬に涙が伝っているのを見た戒が、すっかり気落ちして下がってしまった桜の肩に手を置いた。
「俺も、忙しすぎてつい気が回らなかったんだ。幾ら桜が頑張りたいって言ってても、そこはちゃんと『こっちのがいいよ』って言うべきだったんだ。ごめん」
 ふるふると、桜は俯いたまま首を横に振る。
「ね、桜。少しでも多くの工程をこなして、風龍へ沢山想いを込めたいっていうその気持ちも、用意されたものを使うんじゃ嫌だってのもわかるよ」
 俺自身が凝り性だからね、と戒が困ったような苦笑いを浮かべた。
「でもね。その為に桜の指に怪我が増えていくのを風龍が知ったら、どっちのが良いって言うと思う?」
 核心を突いた戒の言葉に、それまで俯いていた桜はハッとして顔を上げた。
「きっ……と、悲しいと、仰います……」
 優しいあの方に心配をかけたくない──涙で詰まってしまっている喉からしぼりだすように、桜はたどたどしく言葉を発する。
 そうだね、と戒が慰めるように桜の肩を撫でた。
「確かに削ることは出来なかったかもしれないけど、そこから先テンパリングからは桜がするんだし、どんな風に作ったって込める愛情の大きさは変わらない。だろ?」
 泣きじゃくる桜の手に、戒から小さな袋がまとめて手渡される。半透明のそれに入っているのは、既に削られた幾種類かのチョコレートだった。
「じゃ、はい。これ使って、美味しいトリュフで風龍をびっくりさせてあげるといいよ」
「ありがとうございますっ……」
「他に何か必要になったら、呼んでくれれば何かしら対処するから。我慢禁止だからね」
「はいっ」
 じゃあまた、と言ってその場から戒の姿が消える。恐らく、次の巡回先に向かったのだろう。
 手にしたチョコレートの袋たち。これらを使っても、想いのこもったトリュフは作れる。些細な意地を張って、大好きな彼の人に──既に負ってしまった怪我は隠しようがないので仕方ないが、これ以上余計な心配をかけることもない。
 後はすべて、桜次第なのだ。戒の言うとおり、込める愛情の大きさが変わるわけではない。
「……頑張ります。だから、待っていてください……風龍殿」
 相手の名を呼ぶだけで心が温かくなる──微笑んだ桜は戒が消えた辺りに向かって一礼し、トリュフ作りを再開した。
祈雨の歌 
この作品はPixivにて企画されたPixivファンタジアVI(企画者:arohaJ様)内において
展開された作戦【祈雨の歌】の一場面となります。
登場するキャラクターは、それぞれの創作者様からお借りしております。

ステラさん 
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=8482776
蛤粉さん 
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=8553270

Pixivファンタジア 
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=8481158
 
X-Day (6)
 去年のバレンタインも、その前のバレンタインも、すごくすごく美味しかった。今年のお菓子もきっと美味しいだろうから、俺も頑張って美味しいお菓子を作らなきゃ。
 でも、何を作るか何をあげるとか、内緒にしたりしない。
 だってそんな事をしたら寂しい。内緒にしている間、傍に居られない。作るときにも一緒にいたい。離れていたくない。
 そんなのはいやだから、今年もバレンタインは、美味しいお菓子を二人で作って交換しあうんだ。


「キール」
「なに? 翼空」
 くしゃり、とキールの大きな手が、翼空の柔らかな髪を優しく撫でる。
 大好きな従兄弟の唇が自分の名を響かせたのを聞いて、翼空はこのうえなく幸せそうに微笑んだ。
「ううん、キールって呼びたかっただけ。あと、バレンタインが近いなあって。なんとなく思った」
「ああ。そうだね」
 温かみのあるカーペットが敷かれた床に座り込んでいた翼空は、趣味のよさを感じさせるロッキングチェアへ優雅に腰掛けているキールの膝に頭を乗せて軽く体重を寄せる。
「温かい、キール」
「翼空も温かいよ」
 手を伸ばしたキールが翼空の頬をくすぐるように撫でた。
 相手、キールの体温が伝わってくること──それは、翼空にとって充足する瞬間であり、またそれは翼空にとって、なければ生きていけない要素だった。
 閉塞したこの空間に来て以来、もう何年もこの最愛の従兄弟以外と口をきいた覚えがない。初期には自分を診てくれる医師も居たし、その他にもよく覚えていないだけでもしかしたら誰かとあったような気がしなくもない。
 が、それは翼空にとって、とりたてて重要な事柄ではない。肝要なのは、翼空の手の届くところにキールが居るということなのだから。
「くすぐったい」
「いや?」
「ううん。そんなことない、キール」
 どこかしらキールに触れていたい──それは生存本能に近い感情かもしれない。
 多少ならば問題はないのだが、長い間触れることが出来ないと、水を奪われた魚のように飢えて飢えてキールを求めてしまうのだ。
 翼空にとってキールの居ない、キールと離れている時間は、本来の数十倍にも感じられるのである。
「キール……キールが大好きだよ」
「うん。俺も翼空が大好きだよ」
 温かいキールの膝に頬を摺り寄せながら、翼空は胸のうちにふと浮かんだ、爪の先にも満たない小さな不安を見なかったことにして微笑んだ。
 声の調子から何かを感じたのか、キールが翼空の顔を覗き込む。
「翼空……?」
「キール」
「何か思っているなら、聞きたい」
 キールに嘘をつきたくない──そう思った翼空は己の中に答えを求め、キールの膝に顔を伏せた。
 そうして、先程見なかった事にした不安をゆっくりと引きずり出す。
 翼空の中に漫然と在り続ける考え──それは、いつまでもこの閉じた世界にいてはいけないのではないかと、そう囁き掛ける自分の存在を感じる時があることだった。
 人には課せられた役割というものがあり、以前に戒められた枷からは逃れたとはいえ、新たな指標も見出さず、ただ安穏とここで暮らし続けてもいいのだろうかと。
 ただその考えが胡散霧消する原因は、とある恐怖が勝るからである。
 それは、閉じた世界を開放することによって、キールが自分を置いてどこかに行ってしまうのではないかという懸念だった。
 いつからここまで依存してしまったのか、それは翼空本人にもわからないが、翼空は最早キールが居なければ生きていけない。
 だがキールはどうだろうか。少なくとも翼空の目からみてキールは自立した一人の青年であり、元来社交的な性格であることも知っている。端正な容姿は衆人の耳目を集め、周囲が放っておかないだろう。
 その中から翼空以外の大切な人を見つけてしまうかもしれないのだ。
 この閉じられた場所に居るからこそ、キールは自分を一番に見てくれているのではないか──その結論は翼空にとって恐慌を呼ぶものでしかなかった。
 真摯な眼差しを浮かべ、キールは俯いたままの翼空をじっと見つめている。翼空が考えをまとめ、今出すことの出来る答えを待っているのだ。
 暫しの逡巡が胸のうちを駆け巡った後、翼空はゆっくりと顔を上げてキールを見つめ返す。
「キール。俺は……ずっとキールに頼っていて、それで良いのかって思ってた。何もせずに、あるかもしれない役割を果たさないで、ずっとこの部屋にい続けて良いのかって。キールのことも、俺がいるからキールは自由に動けないのかもしれないって。キールは……キールは、この部屋が好き?」
 正直なところ、翼空の考えはまとまっていなかった。ただ上手く言えなかったとしても、不安に思った事をありのまま話す──それが翼空の結論だった。
 終始穏やかな表情で静かに話を聞いていたキールだったが、最後自分に向けられた問いに、笑みを浮かべながら口を開く。
「その質問に答える前に、いくつか質問をさせて欲しいんだ。翼空、翼空はこの部屋から出て行きたい?」
「……ここに、いたい」
「どうして?」
 それは、と翼空は一拍置いてから続ける。
「キールが居るから」
「俺が居ないこの部屋は好き?」
 優しい声音をしたキールの丁寧な質問は、まとめた考えを補ってくれるように感じられた。
「……嫌い」
「俺もだよ、翼空。翼空が一緒にいるこの部屋が好きだから、ここにいる。翼空は?」
 優しい笑顔と言葉を向けられた翼空はハッとしてキールを見つめた。
 それにね、とキールは翼空の返事を待たずに言葉を続ける。
「自分に何が出来るんだろうって翼空は言うけど、こうして俺を温かくしてくれるのは翼空だよ」
 キールの言葉一つ一つが翼空を包み込み、細胞が酸素を求めて呼吸するように緩やかに全身へとしみこんでいく。
 たった一つ大切なもの──相手と一緒にいるこの場所が好きだからここにいたいということ。キールを温める事が出来るという、それに勝る価値のある役割を翼空は知らない。 
「キール」
 憂いの消えた笑みで、翼空はロッキングチェアに腰掛けたままのキールの足に腕を絡めた。
 多くの言葉は要らない。こうして温もりを感じあうことが何より大切なのだから。
「翼空。今年のバレンタインも、一緒に作ろう。来年も、そのまた次の年も。ずっと、この部屋で」
「うん。うん、キール」 
 幸福感で胸をいっぱいにしてキールの膝に顔を埋める翼空の上で、微笑んでいたキールの口角が僅かに上がった。
| prev | top | next |
| 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
ABOUT
● このブログはクロストラブル/38.1の高山アキが執筆する、サイトやイベント関連のご連絡・萌語りなどの雑記と、小説の新作をupしておく保管庫場となっております。
● 小説は、サイト内に移動されたものから、一定期間をおいてこちらからは削除させていただきます。
● ジャンル・CPなどよろずとなっておりますので、各記事の説明書きをお読みの上、閲覧ください。
SEACH
忍者ブログ  [PR]
  /  Design by Lenny