日記 + 最新小説保管 / 創作・版権二次創作 / 同性愛要素、性表現含
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たいやき。
我輩はたいやきである。
一口にたいやきといっても、いくらか種類があるのをご存知だろうか。
しっとり舌触りの良いとろけるようなこしあん。食感も楽しいほくほく王道のつぶあん。一昔前のニューフェイスも今では不動の地位を築いたカスタードクリーム。
よく知られているたいやきといえば、そのあたりだろう。
だが我輩はそのどれでもない。
我輩はお好み焼き味のたいやきなのである。お好み焼き味なのだが、たいやきなのである。
そこの君、お好み焼き味と一笑に付すにはまだ早い。味わったことのない方は食わず嫌いなどせず遠巻きに見ていないで、是非我輩を賞味して貰いたい。
お好み焼き味は甘くない。甘いたいやきを求めて我輩を口にすると、それはそれは期待はずれに顔をしかめるだろう。けれどそこで我輩の評価を決めてはいけない。頼むから決めないで頂きたいのだ。
外の皮がぱりっと香ばしく、場合によってはそこに混じった紅生姜がアクセントになってそれだけでも日本茶がすすむ。中身はあっさり出汁の風味がきいて、キャベツの千切りと干した芝海老が絶妙なコントラストを奏でている。一個百十円で口内にえもいわれぬハーモニーをもたらすことは、こしあんにもつぶあんにも、ましてやカスタードクリームにも出来ない。
お好み焼き味である我輩しか成し得ないのだ。
にもかかわらず、我輩は毎日最後まで売れ残る。
売れ残ると従業員たちが渋々持ち帰って口にする。それか閉店前に値引き特価の札がついてからようやく売れる。
甘くはないがとても美味しいのだと自負できるのに、食べて貰えれば判るのにと、幾らここで叫んでも実際食べて貰えないとお客にそれはわからない。食べてもらうには買ってもらうしかないが、人気がなければそもそも買ってもらえない。
そう。認めたくはないが、我輩は人気がないのだ。
自らを美味しいたいやきと自負している我輩にとって、これは屈辱だった。
今日も隣の焼きたてのつぶあんが誇らしげに売られていく。その向こうのカスタードクリームは謙遜しながらもやはり売られていく。
店頭にはこんなにも長い列が出来ているのに、お好み焼き味を、という声は掛からない。ポップと呼ばれる宣伝カードにも、我輩のことは小さく目立たないようにしか書かれていない。
一番人気のつぶあんは、あんなにも大プッシュなのに。毎日売れ残りを食べて、我輩の味を知っている店員すら、我輩を推してはくれなんだか。
今日も我輩の体がしっとりと濡れていく。我輩の一番美味しい、ぱりぱり香ばしい外皮が、誰にも味わってもらうことなく湿っていく。
焼きたての香ばしさを味わって欲しい。時間が経ってしまっては美味しさが半分以下だ。
そう願っても、我輩が売れるのはしっとりした体のときばかり。
だから皆、一度は我輩を買ってくれても次からはまたこしあんかつぶあんかカスタードクリームを選ぶのだ。
判っている。我輩は色物なのだ。そう呼ばれているのも判っている。
それでも、たいやきとしての誇りは失わない。
なぜなら我輩はたいやきなのだ。……売れ残っても、色物でも、たいやきなのだ。
我輩は、たいやきなのだ。
毎日叫ぶのは、疲れるのである。主張し続けても、手応えがなければへこたれるものである。
幾ら精神力の強い我輩でも、くたびれるのだ。
果たして我輩はたいやきである意味があるのだろうかと、半ば諦めの境地になりかけていたある日、ふと気づいた。
いつからだったのかは不覚にも不明であるのだが、毎日毎日、我輩を買ってくれる御老女がいる。
その数はいつも一匹なのだが、こしあんもつぶあんも、ましてやカスタードクリームも選ぶことなく、必ず我輩を指名してくれる。お好み焼き味の、冷めてぱりぱりではなくなってしまっている我輩をだ。
ご老体の割りになかなかアクティブな御老女は、家ではなくここで我輩を食べる。店の隣にある、イートインとはとても呼べない小さなベンチに腰掛けて、御老女は顔中にしわを作って、満面の笑みで我輩を食べてくれる。
喉に詰まったりしないのか心配で御老女を眺める。毎日毎日眺める。ある日咳き込んでいたが、手にした巾着から小さな水筒を出してお茶を飲んでいた。
日本茶だ。あの御老女はわかっている。我輩の一番美味しい食べ方を判ってくれている。
こしあんでもつぶあんでもカスタードクリームでもない我輩を選んでくれる御老女がいるだけで、毎日売れ残っても悲しくなくなった。
我輩は叫ばなくなった。我輩がたいやきなのだと、叫ばなくなった。
叫ばなくとも、あの御老女が判ってくれる。
御老女が美味しそうに我輩を食べてくれる。
たったそれだけのことなのに、この上なく幸せなのだ。
だがある日を境に、御老女はぱったりと店に来なくなった。それどころか売り場付近で姿を見かけることすらなくなった。
毎日毎日見ることの出来た、あの御老女の笑顔がそこにない。ベンチが空席のまま、日々が過ぎていく。
飽きたのだろうか。御老女にとって、所詮我輩はたいやきではないのだろうか。それともあれだけ毎日食べていて、飽きてしまったのだろうか。
それならば仕方ない。幾ら好きでも毎日食べ続けていればいつか飽きてしまう事もあるだろう。
寂しいが。この上なく寂しいが、暫くすればまた来てくれるだろうか。来て、我輩だけを選んで買ってくれるだろうか。
淡い期待を頼りに我輩は待った。御老女を待ち続けた。
一週間たっても二週間たっても御老女は姿を現さなかった。
その間も我輩は売れ残り続けた。完売の札が掛かるこしあんやつぶあんやカスタードクリームの横で、いつもと変わることなく売れ残り続けた。
売れ残っても気にしなくなっていたはずの我輩の心が、御老女が買ってくれるだけで満足していた我輩の心が、かりかりに香ばしく焼けたしっぽと共に冷えていく。湿ってしまった体以上に、心が冷えていく。
今の我輩は、我輩自身も美味しくないだろうと思えた。
何故なら今の我輩の中には誇りが、何より幸せが詰まっていないのだ。悲しみのハーモニーを食べても、きっと満足するお客はいない。
今の我輩に幸せを詰められる御老女は、お客の一人でしかない。何故来てくれないのかというのは、我輩の勝手な言い分でしかない。
判っていても、我輩は御老女を待ち続けた。
せめて他の、こしあんでもつぶあんでもカスタードでも良いから買いにきて欲しい。
いやいやダメだ、来てくれるならやっぱり我輩を買って欲しい。
とにかく、御老女が来てくれるのだけを願いながら、我輩は日々を過ごした。
ある日、店に来た一人の老紳士が驚くべき事を店員に告げた。
なんと我輩を全部買っていくというのだ。しかも、こしあんもつぶあんもカスタードクリームもいらない、お好み焼き味の我輩だけを、あるだけ全部。
今までにこんなお客はいなかった。
勿論買ってもらえるのは嬉しい。……だが嬉しいのに嬉しくないのだ。
何故これが御老女ではないのだろうと、折角買ってくれるという老紳士に大変失礼な事を考えてしまうのだ。
それに全部買われてしまっては、もし今日御老女が店に来たら、御老女に買ってもらえなくなってしまう。我輩が見たいのは、あの御老女のしわいっぱいの笑顔なのだ。
我輩の葛藤など知るはずもなく、店員は我輩を袋にぎゅうぎゅう詰め込んでいく。
しっとり濡れて冷めた沢山の我輩が入った袋を、老紳士は大切そうに抱えた。
優しげな風貌の老紳士は、我輩に御老女をより強く思い出させた。御老女に似ていると思うということは、我輩は老紳士を嫌いではないということに他ならない。
これも運命か。今日もし御老女が店に来て我輩とすれ違ってしまったとしても、この老紳士に食べてもらえるならば、それはそれで我輩の幸せなのだろう。
少しでも中に幸せを詰めよう。御老女ではないが、我輩だけを選んで沢山買ってくれたこの老紳士が、我輩を美味しく食べてくれるように。
どれくらい時間が経ったのか、袋いっぱいの我輩を抱えた老紳士が家についたらしい。
我輩はやっと狭いぎゅうぎゅうの袋から、白い大きな皿に乗せてもらえた。出来るならトースター等でもう一度かりかりにしてもらえれば、焼き立てとはいかなくとも美味しく食べてもらえるのに。
今更のようなの不満はあったが、山盛りの我輩を食べてもらえるならと、その瞬間を楽しみにしていた。
だがテーブルではなく、随分と高いところに置かれた我輩は、いつまでも食べてもらえない。
老紳士は山と積まれた我輩を見て涙を流した。そうして一匹だけ我輩を手に取り、泣きながら我輩を食す。
「……最期に、食べさせてやれんで、すまんなあ」
老紳士が我輩を食しながら、ぽつりと漏らす。
優れた我輩はすべてを瞬時に理解した。
だが我輩の思考はそこで止まってしまった。
もう、あの幸せな時間はかえってこない。御老女がベンチに座って、御老女が美味しく我輩を食べてくれることはないのだ。
それだけ判ればもう、十分だった。
ずっとずっと見たかった、黒ぶちに囲まれた御老女の温かい笑顔の前で、我輩はここで朽ちて逝こうと意識を閉じた。
一口にたいやきといっても、いくらか種類があるのをご存知だろうか。
しっとり舌触りの良いとろけるようなこしあん。食感も楽しいほくほく王道のつぶあん。一昔前のニューフェイスも今では不動の地位を築いたカスタードクリーム。
よく知られているたいやきといえば、そのあたりだろう。
だが我輩はそのどれでもない。
我輩はお好み焼き味のたいやきなのである。お好み焼き味なのだが、たいやきなのである。
そこの君、お好み焼き味と一笑に付すにはまだ早い。味わったことのない方は食わず嫌いなどせず遠巻きに見ていないで、是非我輩を賞味して貰いたい。
お好み焼き味は甘くない。甘いたいやきを求めて我輩を口にすると、それはそれは期待はずれに顔をしかめるだろう。けれどそこで我輩の評価を決めてはいけない。頼むから決めないで頂きたいのだ。
外の皮がぱりっと香ばしく、場合によってはそこに混じった紅生姜がアクセントになってそれだけでも日本茶がすすむ。中身はあっさり出汁の風味がきいて、キャベツの千切りと干した芝海老が絶妙なコントラストを奏でている。一個百十円で口内にえもいわれぬハーモニーをもたらすことは、こしあんにもつぶあんにも、ましてやカスタードクリームにも出来ない。
お好み焼き味である我輩しか成し得ないのだ。
にもかかわらず、我輩は毎日最後まで売れ残る。
売れ残ると従業員たちが渋々持ち帰って口にする。それか閉店前に値引き特価の札がついてからようやく売れる。
甘くはないがとても美味しいのだと自負できるのに、食べて貰えれば判るのにと、幾らここで叫んでも実際食べて貰えないとお客にそれはわからない。食べてもらうには買ってもらうしかないが、人気がなければそもそも買ってもらえない。
そう。認めたくはないが、我輩は人気がないのだ。
自らを美味しいたいやきと自負している我輩にとって、これは屈辱だった。
今日も隣の焼きたてのつぶあんが誇らしげに売られていく。その向こうのカスタードクリームは謙遜しながらもやはり売られていく。
店頭にはこんなにも長い列が出来ているのに、お好み焼き味を、という声は掛からない。ポップと呼ばれる宣伝カードにも、我輩のことは小さく目立たないようにしか書かれていない。
一番人気のつぶあんは、あんなにも大プッシュなのに。毎日売れ残りを食べて、我輩の味を知っている店員すら、我輩を推してはくれなんだか。
今日も我輩の体がしっとりと濡れていく。我輩の一番美味しい、ぱりぱり香ばしい外皮が、誰にも味わってもらうことなく湿っていく。
焼きたての香ばしさを味わって欲しい。時間が経ってしまっては美味しさが半分以下だ。
そう願っても、我輩が売れるのはしっとりした体のときばかり。
だから皆、一度は我輩を買ってくれても次からはまたこしあんかつぶあんかカスタードクリームを選ぶのだ。
判っている。我輩は色物なのだ。そう呼ばれているのも判っている。
それでも、たいやきとしての誇りは失わない。
なぜなら我輩はたいやきなのだ。……売れ残っても、色物でも、たいやきなのだ。
我輩は、たいやきなのだ。
毎日叫ぶのは、疲れるのである。主張し続けても、手応えがなければへこたれるものである。
幾ら精神力の強い我輩でも、くたびれるのだ。
果たして我輩はたいやきである意味があるのだろうかと、半ば諦めの境地になりかけていたある日、ふと気づいた。
いつからだったのかは不覚にも不明であるのだが、毎日毎日、我輩を買ってくれる御老女がいる。
その数はいつも一匹なのだが、こしあんもつぶあんも、ましてやカスタードクリームも選ぶことなく、必ず我輩を指名してくれる。お好み焼き味の、冷めてぱりぱりではなくなってしまっている我輩をだ。
ご老体の割りになかなかアクティブな御老女は、家ではなくここで我輩を食べる。店の隣にある、イートインとはとても呼べない小さなベンチに腰掛けて、御老女は顔中にしわを作って、満面の笑みで我輩を食べてくれる。
喉に詰まったりしないのか心配で御老女を眺める。毎日毎日眺める。ある日咳き込んでいたが、手にした巾着から小さな水筒を出してお茶を飲んでいた。
日本茶だ。あの御老女はわかっている。我輩の一番美味しい食べ方を判ってくれている。
こしあんでもつぶあんでもカスタードクリームでもない我輩を選んでくれる御老女がいるだけで、毎日売れ残っても悲しくなくなった。
我輩は叫ばなくなった。我輩がたいやきなのだと、叫ばなくなった。
叫ばなくとも、あの御老女が判ってくれる。
御老女が美味しそうに我輩を食べてくれる。
たったそれだけのことなのに、この上なく幸せなのだ。
だがある日を境に、御老女はぱったりと店に来なくなった。それどころか売り場付近で姿を見かけることすらなくなった。
毎日毎日見ることの出来た、あの御老女の笑顔がそこにない。ベンチが空席のまま、日々が過ぎていく。
飽きたのだろうか。御老女にとって、所詮我輩はたいやきではないのだろうか。それともあれだけ毎日食べていて、飽きてしまったのだろうか。
それならば仕方ない。幾ら好きでも毎日食べ続けていればいつか飽きてしまう事もあるだろう。
寂しいが。この上なく寂しいが、暫くすればまた来てくれるだろうか。来て、我輩だけを選んで買ってくれるだろうか。
淡い期待を頼りに我輩は待った。御老女を待ち続けた。
一週間たっても二週間たっても御老女は姿を現さなかった。
その間も我輩は売れ残り続けた。完売の札が掛かるこしあんやつぶあんやカスタードクリームの横で、いつもと変わることなく売れ残り続けた。
売れ残っても気にしなくなっていたはずの我輩の心が、御老女が買ってくれるだけで満足していた我輩の心が、かりかりに香ばしく焼けたしっぽと共に冷えていく。湿ってしまった体以上に、心が冷えていく。
今の我輩は、我輩自身も美味しくないだろうと思えた。
何故なら今の我輩の中には誇りが、何より幸せが詰まっていないのだ。悲しみのハーモニーを食べても、きっと満足するお客はいない。
今の我輩に幸せを詰められる御老女は、お客の一人でしかない。何故来てくれないのかというのは、我輩の勝手な言い分でしかない。
判っていても、我輩は御老女を待ち続けた。
せめて他の、こしあんでもつぶあんでもカスタードでも良いから買いにきて欲しい。
いやいやダメだ、来てくれるならやっぱり我輩を買って欲しい。
とにかく、御老女が来てくれるのだけを願いながら、我輩は日々を過ごした。
ある日、店に来た一人の老紳士が驚くべき事を店員に告げた。
なんと我輩を全部買っていくというのだ。しかも、こしあんもつぶあんもカスタードクリームもいらない、お好み焼き味の我輩だけを、あるだけ全部。
今までにこんなお客はいなかった。
勿論買ってもらえるのは嬉しい。……だが嬉しいのに嬉しくないのだ。
何故これが御老女ではないのだろうと、折角買ってくれるという老紳士に大変失礼な事を考えてしまうのだ。
それに全部買われてしまっては、もし今日御老女が店に来たら、御老女に買ってもらえなくなってしまう。我輩が見たいのは、あの御老女のしわいっぱいの笑顔なのだ。
我輩の葛藤など知るはずもなく、店員は我輩を袋にぎゅうぎゅう詰め込んでいく。
しっとり濡れて冷めた沢山の我輩が入った袋を、老紳士は大切そうに抱えた。
優しげな風貌の老紳士は、我輩に御老女をより強く思い出させた。御老女に似ていると思うということは、我輩は老紳士を嫌いではないということに他ならない。
これも運命か。今日もし御老女が店に来て我輩とすれ違ってしまったとしても、この老紳士に食べてもらえるならば、それはそれで我輩の幸せなのだろう。
少しでも中に幸せを詰めよう。御老女ではないが、我輩だけを選んで沢山買ってくれたこの老紳士が、我輩を美味しく食べてくれるように。
どれくらい時間が経ったのか、袋いっぱいの我輩を抱えた老紳士が家についたらしい。
我輩はやっと狭いぎゅうぎゅうの袋から、白い大きな皿に乗せてもらえた。出来るならトースター等でもう一度かりかりにしてもらえれば、焼き立てとはいかなくとも美味しく食べてもらえるのに。
今更のようなの不満はあったが、山盛りの我輩を食べてもらえるならと、その瞬間を楽しみにしていた。
だがテーブルではなく、随分と高いところに置かれた我輩は、いつまでも食べてもらえない。
老紳士は山と積まれた我輩を見て涙を流した。そうして一匹だけ我輩を手に取り、泣きながら我輩を食す。
「……最期に、食べさせてやれんで、すまんなあ」
老紳士が我輩を食しながら、ぽつりと漏らす。
優れた我輩はすべてを瞬時に理解した。
だが我輩の思考はそこで止まってしまった。
もう、あの幸せな時間はかえってこない。御老女がベンチに座って、御老女が美味しく我輩を食べてくれることはないのだ。
それだけ判ればもう、十分だった。
ずっとずっと見たかった、黒ぶちに囲まれた御老女の温かい笑顔の前で、我輩はここで朽ちて逝こうと意識を閉じた。
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黒子のバスケ 日向←リコ
人気のなくなった体育館に転がる沢山のボール。
こうして見ている間にも一つ、また一つと増えていく。それら全部が、あいつの努力の証。
距離、そして成功率百パーセントという観点からキセキの世代の一人である緑間君には及ばないかもしれないけれど、あいつのシューティングもかなり信頼が置ける。特にクラッチタイムはチームの精神的な支柱であるだけでなく、あいつにボールを回すことでスコアを伸ばすことが出来ると信じられる。
その信頼の裏づけが、こうして毎日行われているシューティング練習。
部活後の個人練習は皆やっているけれど、最後まで残るのは大抵あいつ──日向君だ。
静まり返った体育館に響く、リングの揺れる音とボールの跳ねる音。集中力が肌に伝わってくる、張り詰めた緊張感。そして声をかける事すらためらう真剣な背中をこうして眺めているだけで、幸せな気分になれる。
かごの中のボールすべてを投げ終えた日向君は、散らばったボールを拾い集めようとした段になって、後方の体育館扉に寄りかかっていた私の姿にようやく気づいたらしい。
額に浮かぶ汗をユニフォームで拭いながら、日向君は私に向けて軽く手を挙げた。
「おう。まだ残ってたのか」
「ちょっとね」
「そっか」
ちょっと──その理由すべてを判った気でいる、短い返事。私が残っていたのはどうせ「次の試合について考えてた・調べていた」だけだと思ってるんだろう。
いつだって、私の気持ちに気づかないバスケ馬鹿。
眼鏡をかけてるからなんとなく頭が良さそうな感じにも見えるけど実は結構平均な成績で、主将なんてやってるし温厚そうに見えるけど実はかなりの毒舌家で、負けず嫌いで意地っ張りで。
その癖、ここぞっていうときにはすごく頼りになる。皆の信頼も当然篤い。チームメイトをちゃんと見ていてくれて、正邦戦の勝利で涙ぐんでいた私にも気づいてくれた。
──そんな姿を近くで見てて、気にならないわけないのに。
そこまで考えて、私はやれやれと肩を落とした。このバスケ馬鹿に情緒なんてもの期待するほうが間違ってる。そう思わないとやってられない。
確かに次の相手校のDVDを見て研究してた。それが私の役目だから。でもこの私がこうして数十分の間体育館にいた理由が、単に日向君のシューティングを見ていたかったからだなんて、天地がひっくり返っても想像つかないだろう。
「それより、ボール片付け終えたらそこ座って。足と腕のマッサージするから」
「お、サンキュ」
きっちり最後の一個までボールを片付け終えてから、日向君は指示通りベンチに腰掛ける。
「じゃ、頼むな」
「任せて頂戴」
片目を瞑って見せた私は、日向君のふくらはぎと腕のマッサージをはじめた。先ずはふくらはぎからと、私は彼の対面に膝をつき、引き締まったふくらはぎに手を寄せる。
こうして好きな人の足に触れていて、恋する乙女としては内心色々な葛藤が駆け巡らないこともないのだけれど、今ここにいるのは誠凛バスケ部監督兼トレーナーの私、相田リコなのだ。
雑念を取り払って、念入りにマッサージを続ける。
「いつも助かるよ、カントク」
「それが私の役目だからね。それより気持ちはわかるけど、いきなりシューティング本数を増やし過ぎないように」
「……ばれてたか」
「そりゃね。私の目を誤魔化せると思った?」
腕の筋肉疲労が普段以上に蓄積しているのがわかる。これはかご一つ分以上は余裕で増やしてるだろう。
チームのスポーツトレーナーを自負しているこの私にどんな表情をしてみせるのかと挑戦的な表情で見上げると、日向君は仕掛けた悪戯が露見した小さな子供のような笑みを浮かべた。
照れたような、決まり悪いような、でもどこか嬉しそうな笑みがなんだか可愛くて、瞬間、胸の内に息苦しい切なさが走り抜ける。
震えそうな手をなんとか抑え、私はわざと呆れたように小さく深呼吸して再び視線をふくらはぎに戻した。
誤魔化せていれば良いけど、なんて心配する必要もなく。予想通り、私の挙動なんて全く何も気にしていない日向君が口を開く。
「思ってないさ」
「なら明日からはいつもどおりの本数に戻すようにね。でないとまた日向君の大事なアレをへし折る事になるわよ」
「うっ……」
「幾ら普段からプレッシャーをかけてたって、体に負担をかける練習してたら意味ないんだから。いきなりシューティングの本数を倍以上に増やすなんて、無茶も良いところだわ」
「判ってるんだけど、どうしても悔しくてな」
「あの試合、日向君のアウトサイドシュートは機能してたわよ。あれは私たちの完全な実力不足。桐皇には冬に借りを返せばいいの」
「……そーだな」
こんなときに、励ますどころか説教をするしか出来ない自分が少し寂しくなる。
汗だくの相手にそっと優しくタオルを差し出す。そんな関係に憧れないって言ったら嘘になる。
でも、それがトレーナーとしての、監督としての私の役目。日向君も皆も、そんな私を信頼してくれるのだから、仕事できっちり応えたい。
右足のマッサージを終え、左足に取り掛かろうとした私が何気なく顔を上げると、思いやりに満ちた目をした日向君と目が合った。
普段なかなか見ない顔に内心驚きつつも、私が「何?」と聞く前に、優しく微笑んだ日向君が口を開く。
「お前もさ、あんまり無理するなよ」
不意に日向君の手が私の頭に載って、髪をくしゃりと軽く撫でた。
──やばい。顔に血が集まってくるのがわかるくらい、熱い。
女の子として意識してもらえなくても、バスケ選手としての彼は、これ以上ないほど信頼も心配もしてくれる。
それが嬉しくて嬉しくて仕方ない。
「日向君ほど無理してないから平気」
我ながら素直じゃないと思いながら、赤くなった顔を悟られたくない私は、触れている場所から想いが伝わってしまいませんように、なんて。らしくないことを思いながら再び日向君のふくらはぎに手を添えた。
こうして見ている間にも一つ、また一つと増えていく。それら全部が、あいつの努力の証。
距離、そして成功率百パーセントという観点からキセキの世代の一人である緑間君には及ばないかもしれないけれど、あいつのシューティングもかなり信頼が置ける。特にクラッチタイムはチームの精神的な支柱であるだけでなく、あいつにボールを回すことでスコアを伸ばすことが出来ると信じられる。
その信頼の裏づけが、こうして毎日行われているシューティング練習。
部活後の個人練習は皆やっているけれど、最後まで残るのは大抵あいつ──日向君だ。
静まり返った体育館に響く、リングの揺れる音とボールの跳ねる音。集中力が肌に伝わってくる、張り詰めた緊張感。そして声をかける事すらためらう真剣な背中をこうして眺めているだけで、幸せな気分になれる。
かごの中のボールすべてを投げ終えた日向君は、散らばったボールを拾い集めようとした段になって、後方の体育館扉に寄りかかっていた私の姿にようやく気づいたらしい。
額に浮かぶ汗をユニフォームで拭いながら、日向君は私に向けて軽く手を挙げた。
「おう。まだ残ってたのか」
「ちょっとね」
「そっか」
ちょっと──その理由すべてを判った気でいる、短い返事。私が残っていたのはどうせ「次の試合について考えてた・調べていた」だけだと思ってるんだろう。
いつだって、私の気持ちに気づかないバスケ馬鹿。
眼鏡をかけてるからなんとなく頭が良さそうな感じにも見えるけど実は結構平均な成績で、主将なんてやってるし温厚そうに見えるけど実はかなりの毒舌家で、負けず嫌いで意地っ張りで。
その癖、ここぞっていうときにはすごく頼りになる。皆の信頼も当然篤い。チームメイトをちゃんと見ていてくれて、正邦戦の勝利で涙ぐんでいた私にも気づいてくれた。
──そんな姿を近くで見てて、気にならないわけないのに。
そこまで考えて、私はやれやれと肩を落とした。このバスケ馬鹿に情緒なんてもの期待するほうが間違ってる。そう思わないとやってられない。
確かに次の相手校のDVDを見て研究してた。それが私の役目だから。でもこの私がこうして数十分の間体育館にいた理由が、単に日向君のシューティングを見ていたかったからだなんて、天地がひっくり返っても想像つかないだろう。
「それより、ボール片付け終えたらそこ座って。足と腕のマッサージするから」
「お、サンキュ」
きっちり最後の一個までボールを片付け終えてから、日向君は指示通りベンチに腰掛ける。
「じゃ、頼むな」
「任せて頂戴」
片目を瞑って見せた私は、日向君のふくらはぎと腕のマッサージをはじめた。先ずはふくらはぎからと、私は彼の対面に膝をつき、引き締まったふくらはぎに手を寄せる。
こうして好きな人の足に触れていて、恋する乙女としては内心色々な葛藤が駆け巡らないこともないのだけれど、今ここにいるのは誠凛バスケ部監督兼トレーナーの私、相田リコなのだ。
雑念を取り払って、念入りにマッサージを続ける。
「いつも助かるよ、カントク」
「それが私の役目だからね。それより気持ちはわかるけど、いきなりシューティング本数を増やし過ぎないように」
「……ばれてたか」
「そりゃね。私の目を誤魔化せると思った?」
腕の筋肉疲労が普段以上に蓄積しているのがわかる。これはかご一つ分以上は余裕で増やしてるだろう。
チームのスポーツトレーナーを自負しているこの私にどんな表情をしてみせるのかと挑戦的な表情で見上げると、日向君は仕掛けた悪戯が露見した小さな子供のような笑みを浮かべた。
照れたような、決まり悪いような、でもどこか嬉しそうな笑みがなんだか可愛くて、瞬間、胸の内に息苦しい切なさが走り抜ける。
震えそうな手をなんとか抑え、私はわざと呆れたように小さく深呼吸して再び視線をふくらはぎに戻した。
誤魔化せていれば良いけど、なんて心配する必要もなく。予想通り、私の挙動なんて全く何も気にしていない日向君が口を開く。
「思ってないさ」
「なら明日からはいつもどおりの本数に戻すようにね。でないとまた日向君の大事なアレをへし折る事になるわよ」
「うっ……」
「幾ら普段からプレッシャーをかけてたって、体に負担をかける練習してたら意味ないんだから。いきなりシューティングの本数を倍以上に増やすなんて、無茶も良いところだわ」
「判ってるんだけど、どうしても悔しくてな」
「あの試合、日向君のアウトサイドシュートは機能してたわよ。あれは私たちの完全な実力不足。桐皇には冬に借りを返せばいいの」
「……そーだな」
こんなときに、励ますどころか説教をするしか出来ない自分が少し寂しくなる。
汗だくの相手にそっと優しくタオルを差し出す。そんな関係に憧れないって言ったら嘘になる。
でも、それがトレーナーとしての、監督としての私の役目。日向君も皆も、そんな私を信頼してくれるのだから、仕事できっちり応えたい。
右足のマッサージを終え、左足に取り掛かろうとした私が何気なく顔を上げると、思いやりに満ちた目をした日向君と目が合った。
普段なかなか見ない顔に内心驚きつつも、私が「何?」と聞く前に、優しく微笑んだ日向君が口を開く。
「お前もさ、あんまり無理するなよ」
不意に日向君の手が私の頭に載って、髪をくしゃりと軽く撫でた。
──やばい。顔に血が集まってくるのがわかるくらい、熱い。
女の子として意識してもらえなくても、バスケ選手としての彼は、これ以上ないほど信頼も心配もしてくれる。
それが嬉しくて嬉しくて仕方ない。
「日向君ほど無理してないから平気」
我ながら素直じゃないと思いながら、赤くなった顔を悟られたくない私は、触れている場所から想いが伝わってしまいませんように、なんて。らしくないことを思いながら再び日向君のふくらはぎに手を添えた。
うちの子が一番ですから 2
泣く子も黙るランカーアルケミスト、寝衣(ねい)との言い合いをドローで──というよりホムンクルスたちの勝利で──終えた白狼(はくろう)は、愛するフィーリルの蒼天(そら)のご機嫌をとる為にカプラ倉庫へと向かった。
普段から蒼天のご飯であるガレットを切らさないよう心がけてはいるのだが、今日は補充しようと思った矢先に寝衣との言い合いになってしまったので、カートのガレット量は大分残り少なくなっていたのだ。
愛想よくカプラ嬢に利用料を支払って倉庫からガレットを取り出す。
「ぴるぅ、ぴぴるぅ!」
「ん、ちょっと待ってな」
白狼が手のひらにガレットを乗せると同時に蒼天が手首にちょこんと乗り、ガレットをつつき始めた。
小さい姿のが可愛い──ただその理由だけで、白狼は蒼天を進化させていない。
もし蒼天が進化していたなら、重量の関係でこんな風にごはんをあげられなかっただろう。
「美味いかー蒼天」
「ぴるるるっ」
「そーかそーか嬉しいか。お前が嬉しいと俺も嬉しい。……なあ蒼天、お前の笑顔が俺の狩りの糧なんだ。もう頭装備のフィーリルに浮気なんてしない。いや、実際はしてないんだけどな? だってお前が一番だから。お前の機嫌を損ねるようなことは、絶対にしない。お前のもちもちぽんぽんに誓って、ずっとお前一筋だからな」
「ぴるっ」
傍から聞いていると一体何があったのかと思うような台詞を蒼天に向け、白狼はそのふさふさな羽毛に顔寄せ、愛しそうに頬擦りした。
「……相変わらずフィーリル好きなんだな」
聞き覚えのある声に思わず振り返ると、そこには見知ったクリエイターが口元に拳を当てて微笑んでいた。
イズルートの海底神殿を思わせる深い蒼の髪を白狼と同じくおさげにまとめている。ファントムマスクにろうそくという、一風も二風も変わったトレードマークの頭装備があるのだが、今日は珍しくつけていないらしく、代わりにウルフをモチーフにした珍しい帽子をかぶっている。
久しぶりに見るその姿に、白狼は瞳を輝かせた。
「ジェイの兄貴! お久しぶりですっ」
「久しぶりだな。最近顔見なかったけど、遠出してたのか?」
「遠出ってわけじゃないんですけど、ちょっとオークダンジョンにこもってました」
「ああ。俺もあそこには世話になったからな」
一瞬遠い目をしたジェイはしみじみと呟いた。
何を隠そう、こもるならばギロチンとグラウンドデリーターカード挿しの防具を持って、オークダンジョンに行くのが良いと白狼に教えてくれたのはジェイだった。
生憎教えてもらった装備は両方とも高価で手が出なかったが、白狼はないなりにどうにかしようと属性付の海東剣とカートレボリューションを駆使してなんとか稼いでいるのである。
「グリードないときついかもしれないが、あそこで頑張ってれば金も溜まるだろうから頑張れ」
「はいっ。いつもありがとうございます!」
まだまだアルケミストとしての修行を積んでいる真っ最中の白狼から見れば、クリエイターへ転生しているジェイは憧れの存在でもあった。
強烈無比なアシッドデモンストレーションで幾度となく強敵を倒した話を耳にするにつけ、製薬に関しても戦闘に関してもまだまだ修行不足である白狼は、ジェイのように強くなりたいと思ってしまうのだ。
そしてなんといっても目を惹くのがオーラをまとったバニルミルト。進化したこの相棒のおかげでジェイは危機を乗り切ったこともあると言っていた。
視線が自分に向いたことを理解したのか、バニルミルトが白狼の足元に擦り寄る。
「ぷるるるん」
「お、ばにるみぃ。お前も元気だったか?」
その場にしゃがんでばにるみぃを撫でる。いつ触っても不思議な感触だと白狼は思う。ぷるっとした潤いと弾力のある表面は、フィーリルとはまた違った魅力に満ちていた。可哀想なので実行はしないが、食んでみても美味しそうなのである。実際の経験はないので定かではないが、女性の胸に触れたらこんな感じなのだろうか。
「相変わらずさわり心地良いなあ、ばにるみぃ」
「ぷりゅん」
白狼の言葉に照れたのか、ばにるみぃは恥ずかしげな様子で、こそりとジェイが引いているドームカートの陰に身を隠す。だが進化して大きくなったばにるみぃの体はカートからはみ出ていた。
「どんなに上手に隠れても……見えてるぞっ」
「ぷるうん」
「ほーらほらほら」
ばにるみぃと白狼の戯れを眺めつつ、ジェイは忍び笑いをもらす。
「バニルはいいぞ、強いし」
「らしいですね。確か魔力が高いんでしたっけ」
「ああ。ついさっきまでエンドレスタワーにソロで行ってきたんだが、バニルが結構頼りになった」
「エンドレスタワーを、ソロで?」
「ああ。といってもエドガまでだけどな」
こともなげにいうジェイ。この広いミッドガルでは、クリエイターのソロエンドレスタワーでエドガまでというのはそう珍しいことではないだろう。
だが未だ修行中の白狼からすれば、一人でエドガを倒すなど雲の上の出来事である。
「倒してきたんですか」
「ドロップはこれだったけど」
肩をすくめたジェイが親指でカートを指差す。
促されるまま白狼がカートに視線を送ると、そこには各種ポーションの上に虎の足の裏が鎮座していた。
「ま、外れとはいえ頭装備の材料になるからな。また新しいの作るさ」
「今度買わせてくださいよ、俺まだ持ってないんです」
「完成したらな。よし、じゃ俺行くわ。そろそろ嵐の出現時間なんだ」
「健闘を!」
「ありがとな。行くぞ、ばにるみぃ」
「ぷるるるーん」
ルティエのおもちゃ箱ダンジョンへと向かうジェイと付き従うばにるみぃの後姿を憧憬の眼差しで見送りながら、白狼は感嘆の息を吐いた。
「ジェイの兄貴もだけど……やっぱ、バニルミルトは強いんだな……」
「ぴる……」
「あっ、ああああ蒼天!」
先程の寧と言い合っていたときの比ではない。
本気で落ち込んでいるように見える蒼天の様子に、白狼は慌てふためいた。
「ち、違う違うそうじゃなくて! お前だって強いよ蒼天! お前がいないと俺なんて一人じゃ狩り出来ないから、な?」
「るーるーるーるー」
黄昏て歌うようにさえずる蒼天を白狼はぎゅっと抱きしめる。
「う、うんごめん悪かったっ。これからはあの頭装備だけじゃなくって、他の子にも目移りしないからっ」
「ぴるるるっ!」
「あ、ああ絶対!」
──この後、白狼は蒼天をペット専門のトリミング店に連れて行き、とことん贅沢なコースを選択。蒼天の鳴き声が元気になるまで、心ゆくまでリラックスしてもらったのはいうまでもない。
普段から蒼天のご飯であるガレットを切らさないよう心がけてはいるのだが、今日は補充しようと思った矢先に寝衣との言い合いになってしまったので、カートのガレット量は大分残り少なくなっていたのだ。
愛想よくカプラ嬢に利用料を支払って倉庫からガレットを取り出す。
「ぴるぅ、ぴぴるぅ!」
「ん、ちょっと待ってな」
白狼が手のひらにガレットを乗せると同時に蒼天が手首にちょこんと乗り、ガレットをつつき始めた。
小さい姿のが可愛い──ただその理由だけで、白狼は蒼天を進化させていない。
もし蒼天が進化していたなら、重量の関係でこんな風にごはんをあげられなかっただろう。
「美味いかー蒼天」
「ぴるるるっ」
「そーかそーか嬉しいか。お前が嬉しいと俺も嬉しい。……なあ蒼天、お前の笑顔が俺の狩りの糧なんだ。もう頭装備のフィーリルに浮気なんてしない。いや、実際はしてないんだけどな? だってお前が一番だから。お前の機嫌を損ねるようなことは、絶対にしない。お前のもちもちぽんぽんに誓って、ずっとお前一筋だからな」
「ぴるっ」
傍から聞いていると一体何があったのかと思うような台詞を蒼天に向け、白狼はそのふさふさな羽毛に顔寄せ、愛しそうに頬擦りした。
「……相変わらずフィーリル好きなんだな」
聞き覚えのある声に思わず振り返ると、そこには見知ったクリエイターが口元に拳を当てて微笑んでいた。
イズルートの海底神殿を思わせる深い蒼の髪を白狼と同じくおさげにまとめている。ファントムマスクにろうそくという、一風も二風も変わったトレードマークの頭装備があるのだが、今日は珍しくつけていないらしく、代わりにウルフをモチーフにした珍しい帽子をかぶっている。
久しぶりに見るその姿に、白狼は瞳を輝かせた。
「ジェイの兄貴! お久しぶりですっ」
「久しぶりだな。最近顔見なかったけど、遠出してたのか?」
「遠出ってわけじゃないんですけど、ちょっとオークダンジョンにこもってました」
「ああ。俺もあそこには世話になったからな」
一瞬遠い目をしたジェイはしみじみと呟いた。
何を隠そう、こもるならばギロチンとグラウンドデリーターカード挿しの防具を持って、オークダンジョンに行くのが良いと白狼に教えてくれたのはジェイだった。
生憎教えてもらった装備は両方とも高価で手が出なかったが、白狼はないなりにどうにかしようと属性付の海東剣とカートレボリューションを駆使してなんとか稼いでいるのである。
「グリードないときついかもしれないが、あそこで頑張ってれば金も溜まるだろうから頑張れ」
「はいっ。いつもありがとうございます!」
まだまだアルケミストとしての修行を積んでいる真っ最中の白狼から見れば、クリエイターへ転生しているジェイは憧れの存在でもあった。
強烈無比なアシッドデモンストレーションで幾度となく強敵を倒した話を耳にするにつけ、製薬に関しても戦闘に関してもまだまだ修行不足である白狼は、ジェイのように強くなりたいと思ってしまうのだ。
そしてなんといっても目を惹くのがオーラをまとったバニルミルト。進化したこの相棒のおかげでジェイは危機を乗り切ったこともあると言っていた。
視線が自分に向いたことを理解したのか、バニルミルトが白狼の足元に擦り寄る。
「ぷるるるん」
「お、ばにるみぃ。お前も元気だったか?」
その場にしゃがんでばにるみぃを撫でる。いつ触っても不思議な感触だと白狼は思う。ぷるっとした潤いと弾力のある表面は、フィーリルとはまた違った魅力に満ちていた。可哀想なので実行はしないが、食んでみても美味しそうなのである。実際の経験はないので定かではないが、女性の胸に触れたらこんな感じなのだろうか。
「相変わらずさわり心地良いなあ、ばにるみぃ」
「ぷりゅん」
白狼の言葉に照れたのか、ばにるみぃは恥ずかしげな様子で、こそりとジェイが引いているドームカートの陰に身を隠す。だが進化して大きくなったばにるみぃの体はカートからはみ出ていた。
「どんなに上手に隠れても……見えてるぞっ」
「ぷるうん」
「ほーらほらほら」
ばにるみぃと白狼の戯れを眺めつつ、ジェイは忍び笑いをもらす。
「バニルはいいぞ、強いし」
「らしいですね。確か魔力が高いんでしたっけ」
「ああ。ついさっきまでエンドレスタワーにソロで行ってきたんだが、バニルが結構頼りになった」
「エンドレスタワーを、ソロで?」
「ああ。といってもエドガまでだけどな」
こともなげにいうジェイ。この広いミッドガルでは、クリエイターのソロエンドレスタワーでエドガまでというのはそう珍しいことではないだろう。
だが未だ修行中の白狼からすれば、一人でエドガを倒すなど雲の上の出来事である。
「倒してきたんですか」
「ドロップはこれだったけど」
肩をすくめたジェイが親指でカートを指差す。
促されるまま白狼がカートに視線を送ると、そこには各種ポーションの上に虎の足の裏が鎮座していた。
「ま、外れとはいえ頭装備の材料になるからな。また新しいの作るさ」
「今度買わせてくださいよ、俺まだ持ってないんです」
「完成したらな。よし、じゃ俺行くわ。そろそろ嵐の出現時間なんだ」
「健闘を!」
「ありがとな。行くぞ、ばにるみぃ」
「ぷるるるーん」
ルティエのおもちゃ箱ダンジョンへと向かうジェイと付き従うばにるみぃの後姿を憧憬の眼差しで見送りながら、白狼は感嘆の息を吐いた。
「ジェイの兄貴もだけど……やっぱ、バニルミルトは強いんだな……」
「ぴる……」
「あっ、ああああ蒼天!」
先程の寧と言い合っていたときの比ではない。
本気で落ち込んでいるように見える蒼天の様子に、白狼は慌てふためいた。
「ち、違う違うそうじゃなくて! お前だって強いよ蒼天! お前がいないと俺なんて一人じゃ狩り出来ないから、な?」
「るーるーるーるー」
黄昏て歌うようにさえずる蒼天を白狼はぎゅっと抱きしめる。
「う、うんごめん悪かったっ。これからはあの頭装備だけじゃなくって、他の子にも目移りしないからっ」
「ぴるるるっ!」
「あ、ああ絶対!」
──この後、白狼は蒼天をペット専門のトリミング店に連れて行き、とことん贅沢なコースを選択。蒼天の鳴き声が元気になるまで、心ゆくまでリラックスしてもらったのはいうまでもない。
メガネスーツ
「おはようございます貎珂(げいか)。ちょっとつきあってくれませんか?」
「……あん? え、俺?」
「ええ」
東京、代々木。駅周辺の喧騒から数歩中に入った、閑静な住宅街の一角にあるその家を訪れた客は、玄関先に現れた家人の姿を見るなり、見る者に有無を言わせない穏やかな笑みを浮かべた。
と言っても突然の来客を迎えた彼──貎珂は、正確にはここの住人ではなく、名義はとある有名アーティストとなっているのだが。
来客の少年──リュウは、東京は今日も朝からじめつく暑さだというのに、汗ひとつ流さない涼しげな顔で、さらりと流れる髪を耳にかき上げた。実年齢は確かに中学三年生の筈なのだが、白のカッターシャツに麻のサマージャケットを羽織り、スカイブルーのネクタイを締めたその姿は、年齢を忘れるほど堂にいっている。
返答が是であることがさも当然のように頷いてから、貎珂の返事を待たずに「では行きましょう」と貎珂の腕を取る。
状況を飲み込めない貎珂が空いた手でリュウの肩を掴み、そのまま出発しかねないリュウの躯を引き留めた。
「ちょっと待てリュウ。今から行くのか?」
「ええ、今から」
だからなんですか、とリュウは頷く。
「格好なら問題ないでしょう。それで外に出れば、十人中十人が振り返ることを保証しますよ」
「そりゃ俺なら当然だし。って問題はそこじゃねえから」
リュウの指摘どおり、現在貎珂がしている格好は、外出をするのに『一応』問題はない。
黒のスーツに赤のネクタイ。一見モデルかと見まごう整った顔立ちをした、おまけに長身でスタイルの良い金髪碧眼の青年がそんな格好をして歩けば──十中八九、歩いている人は振り返るだろう。ただ、衆目を引くのが嫌なわけではないが、一々声をかけてくる人間にかかずらって足を止められるのが面倒くさいのだ。
リュウの肩から手を離し、かけていた伊達メガネを外して弄びながら貎珂は肩をすくめた。
「順序だてて話せって。そしたら、理由によっちゃ付き合ってやるから」
「簡単なことです。俺は出かけたい、そして貴方に付き合って欲しい。それ以外に説明の必要が?」
「アウルは知ってんのか」
「ええ。最初は自分が行くと言っていましたが、俺が付き合って欲しいのはあくまで貎珂だと言ったらおとなしく見送ってくれましたよ」
「……お前なあ」
実際にその様子を見ていないかかわらず、二人のやりとりがまざまざと目に浮かんだ貎珂は片手で頭を抱える。
仮にも恋人──アウルに対してその物言いはだろう。どうせまた何か企んでるのか知らないが、普段自分からあまり言い出せないあのアウルが一旦は一緒に行きたいと口に出して言えたのに、それをあっさり拒否するとは。しかも理由を教えずに。
今頃どん底の更に底あたりまで落ち込んでいるだろうアウルを思い、他人事ながら貎珂は同情を寄せる。
「何か言いたそうですね」
「判ってんならアウルと行ってこいよ」
「貴方こそ判っていませんね、貎珂。俺は『貴方に付き合って欲しい』んです」
「だからその理由を言えっての」
「目的地に着いたら話します」
頑として今は言いたくない──リュウの表情がそう語っていた。
朝からなんでこんな面倒なことに、と貎珂は内心愚痴をこぼす。アウルもリュウも大事な仲間ではあるが、二人の間に立たされるのは色々とパワーがいるのだ。
自分から何かを解決しようと立つならともかく、今回は一方的に巻き込まれているのである。少々の愚痴も仕方ない。
「向こうでも言えるなら、ここでだって良いだろーが。それともなにか、戒や蒼灯に聞かれちゃ不味いのか?」
部屋の奥でブレックファーストをとっている二人に聞かれたくないなら仕方ないけどと貎珂は頭をかく。
あまりに困り果てた様子の貎珂を見て流石に考えを改めたのか、リュウが重い口を開いた。
「確かに、あまり聞かれたいないようではありませんが、別段聞かれて困る内容でもありません」
「んじゃなんだよ」
子供のように首を傾げ、貎珂は頭ひとつ近く身長差のあるリュウの顔を覗き込んで、唇に耳を寄せた。
たっぷり一分ほどの沈黙を経て、ようやくリュウが口を割る。
「……そのスーツと伊達眼鏡を買った店に連れて行って欲しいんです。もしくは、似たデザインが置いてある店に」
「……は?」
姿勢を正した貎珂の瞳に、顔色一つ変えないで、僅かに視線をそらしながら話を続けるリュウの姿が映った。
「ですから、貴方に付き合っていただきたいんです。物を渡す当人など連れて行けるはずも無いでしょう。それが理由です。さ、この答えでご満足ご納得いただけたならさっさと行きませんか。時間を無駄にしたくは無いので」
早口でそこまで言ったリュウが、呼吸を整えてから貎珂を見上げる。
今朝、一番最初に玄関で見た、作った笑み。
だがその笑みの裏側に見え隠れする感情を敏感に読み取った貎珂は、にやりと口角を上げた。
「オーケイ、いいぜ。すぐに支度するから待ってな。とびっきりの服選ぼうぜ」
「……軽口は結構ですから、どうぞ支度を」
「おう。んじゃ軽く鏡見て財布取ってくる」
相変わらず素直じゃない──それなら一肌脱いでやろうと、貎珂は心の中で二人の間に立つ。
それは貎珂にとって既に、決して面倒なことではなかった。
「……あん? え、俺?」
「ええ」
東京、代々木。駅周辺の喧騒から数歩中に入った、閑静な住宅街の一角にあるその家を訪れた客は、玄関先に現れた家人の姿を見るなり、見る者に有無を言わせない穏やかな笑みを浮かべた。
と言っても突然の来客を迎えた彼──貎珂は、正確にはここの住人ではなく、名義はとある有名アーティストとなっているのだが。
来客の少年──リュウは、東京は今日も朝からじめつく暑さだというのに、汗ひとつ流さない涼しげな顔で、さらりと流れる髪を耳にかき上げた。実年齢は確かに中学三年生の筈なのだが、白のカッターシャツに麻のサマージャケットを羽織り、スカイブルーのネクタイを締めたその姿は、年齢を忘れるほど堂にいっている。
返答が是であることがさも当然のように頷いてから、貎珂の返事を待たずに「では行きましょう」と貎珂の腕を取る。
状況を飲み込めない貎珂が空いた手でリュウの肩を掴み、そのまま出発しかねないリュウの躯を引き留めた。
「ちょっと待てリュウ。今から行くのか?」
「ええ、今から」
だからなんですか、とリュウは頷く。
「格好なら問題ないでしょう。それで外に出れば、十人中十人が振り返ることを保証しますよ」
「そりゃ俺なら当然だし。って問題はそこじゃねえから」
リュウの指摘どおり、現在貎珂がしている格好は、外出をするのに『一応』問題はない。
黒のスーツに赤のネクタイ。一見モデルかと見まごう整った顔立ちをした、おまけに長身でスタイルの良い金髪碧眼の青年がそんな格好をして歩けば──十中八九、歩いている人は振り返るだろう。ただ、衆目を引くのが嫌なわけではないが、一々声をかけてくる人間にかかずらって足を止められるのが面倒くさいのだ。
リュウの肩から手を離し、かけていた伊達メガネを外して弄びながら貎珂は肩をすくめた。
「順序だてて話せって。そしたら、理由によっちゃ付き合ってやるから」
「簡単なことです。俺は出かけたい、そして貴方に付き合って欲しい。それ以外に説明の必要が?」
「アウルは知ってんのか」
「ええ。最初は自分が行くと言っていましたが、俺が付き合って欲しいのはあくまで貎珂だと言ったらおとなしく見送ってくれましたよ」
「……お前なあ」
実際にその様子を見ていないかかわらず、二人のやりとりがまざまざと目に浮かんだ貎珂は片手で頭を抱える。
仮にも恋人──アウルに対してその物言いはだろう。どうせまた何か企んでるのか知らないが、普段自分からあまり言い出せないあのアウルが一旦は一緒に行きたいと口に出して言えたのに、それをあっさり拒否するとは。しかも理由を教えずに。
今頃どん底の更に底あたりまで落ち込んでいるだろうアウルを思い、他人事ながら貎珂は同情を寄せる。
「何か言いたそうですね」
「判ってんならアウルと行ってこいよ」
「貴方こそ判っていませんね、貎珂。俺は『貴方に付き合って欲しい』んです」
「だからその理由を言えっての」
「目的地に着いたら話します」
頑として今は言いたくない──リュウの表情がそう語っていた。
朝からなんでこんな面倒なことに、と貎珂は内心愚痴をこぼす。アウルもリュウも大事な仲間ではあるが、二人の間に立たされるのは色々とパワーがいるのだ。
自分から何かを解決しようと立つならともかく、今回は一方的に巻き込まれているのである。少々の愚痴も仕方ない。
「向こうでも言えるなら、ここでだって良いだろーが。それともなにか、戒や蒼灯に聞かれちゃ不味いのか?」
部屋の奥でブレックファーストをとっている二人に聞かれたくないなら仕方ないけどと貎珂は頭をかく。
あまりに困り果てた様子の貎珂を見て流石に考えを改めたのか、リュウが重い口を開いた。
「確かに、あまり聞かれたいないようではありませんが、別段聞かれて困る内容でもありません」
「んじゃなんだよ」
子供のように首を傾げ、貎珂は頭ひとつ近く身長差のあるリュウの顔を覗き込んで、唇に耳を寄せた。
たっぷり一分ほどの沈黙を経て、ようやくリュウが口を割る。
「……そのスーツと伊達眼鏡を買った店に連れて行って欲しいんです。もしくは、似たデザインが置いてある店に」
「……は?」
姿勢を正した貎珂の瞳に、顔色一つ変えないで、僅かに視線をそらしながら話を続けるリュウの姿が映った。
「ですから、貴方に付き合っていただきたいんです。物を渡す当人など連れて行けるはずも無いでしょう。それが理由です。さ、この答えでご満足ご納得いただけたならさっさと行きませんか。時間を無駄にしたくは無いので」
早口でそこまで言ったリュウが、呼吸を整えてから貎珂を見上げる。
今朝、一番最初に玄関で見た、作った笑み。
だがその笑みの裏側に見え隠れする感情を敏感に読み取った貎珂は、にやりと口角を上げた。
「オーケイ、いいぜ。すぐに支度するから待ってな。とびっきりの服選ぼうぜ」
「……軽口は結構ですから、どうぞ支度を」
「おう。んじゃ軽く鏡見て財布取ってくる」
相変わらず素直じゃない──それなら一肌脱いでやろうと、貎珂は心の中で二人の間に立つ。
それは貎珂にとって既に、決して面倒なことではなかった。
うちの子が一番ですから
焼きたてのパンにジューシーな肉とチーズを挟んだ最近流行のホットサンドイッチや、伊豆名物魚介の串焼き等の屋台から美味しそうな香りが漂う、首都プロンテラのお昼時。
暖かな陽射しが中央通り噴水から溢れる水滴を照らし、それらはキラキラ光ってまた揺れる水面へと飲み込まれていく。
そんないつも通りの日常が流れる中、二人のアルケミストがあまり穏やかではない雰囲気で、噴水の前で向き合っていた。
一方は背中の半分を覆うだろう長さの黒髪をおさげにまとめていた。僅かに額へ垂らした前髪から、髪質は癖のないストレートなのがわかる。男性的な切れ長の双眸に宿る瞳は髪よりもなお黒く、深い夜の闇を思わせた。平均より高めの長身で眼前の相手をじっと見つめている。
その見つめている相手方は、これまた対照的とも言える容姿をしていた。
先端が遊ぶように跳ねている、柔らかい短めの金髪。風に遊ぶそのさまは、彼の奔放な気質をそのまま表しているようだ。猫を思わせる印象的な瞳の光彩は緑がかっていて、蠱惑的な輝きを放っている。中性的な雰囲気だが、どこか高雅さも感じさせる。
金髪のアルケミストはランカーであり、攻城戦に参加している者であれば一度は耳にしたことがある人物なのだ。黒髪のアルケミストは製薬と狩りを等分に行うのでランカーではないが、プロンテラでも有数の人物がバックについているのは有名な話だった。
だが衆目に注視されても致し方ないそんな二人の、もっとも注目されているのは容姿やネームバリューではなかった。
少しずつ集まってきている人々が二人の会話を聞き、そして視線を送る方向。それは頭に載せられているもの──それぞれの愛するホムンクルスを模した装備品だった。
「俺のフィーリルのが可愛い」
「俺のアミストルに勝る可愛さがあるわけ無いね」
先程からこの繰り返しなのだ。
可愛さなど個人の価値観で、主観を論議しても仕方ないのだからどれだけ言い合ったところで無意味というほか無いのだが、二人とも頑として譲らない。
「いいか。このフィーリルはな、ぴこぴこ動くんだぞ」
「ふん。動いて可愛いのはアミストルだって同じだよ」
「いーや同じじゃない。この一見不恰好な動きだからこそ愛らしさが生まれるんだっ」
「何言ってるんだか。見ただけで誰からも愛されるアミストルは、動いてなくても可愛いんだよ。動いたら可愛さが増すんだから、軍配はアミストルだねっ」
「皆って誰が言ったんだ。ネイだけじゃないのか」
「それを言うならそのフィーリルが可愛いって言ってるのだって白狼だけなんじゃないの?」
不毛。その一言に尽きる、馬鹿馬鹿しい言い合い。
一体何事かと集まってきた人々も、聞こえてくる話の内容に苦笑しては立ち去っていく。
だが二人は呆れるほど真剣だった。ホムンクルスに対する愛情の深さがそのまま現れているようで、かれこれ三十分は言い合いしていた。
熱くなっている所為か、愛情の出る方向が間違っていることには気づいていないらしい。
延々と続くかに思われた言い合い。だがここにきてついに、この言い合いを最初から聞いていた二人? が動いた。
「ぴるぅ……」
「……めぇ」
花カートの陰に佇んでいた一羽と一匹が視線を合わせ、小さなため息をついた──ように見えた。
うんうん、と頷いたフィーリルとアミストルは、いまだ言い合いを続ける主人達からそっと離れる。
「あっ、蒼天(そら)!」
「ちょ、ちょっとvent(ヴェント)!」
それぞれ愛するホムンクルスが離れそうな気配を敏感に察知した二人のアルケミストは、言い合いも忘れ慌ててそれぞれのホムンクルスを呼びかける。
だが。
「ぴるっ!」
「めえ」
二人の動転ぶりを意に介した様子もなく、一羽と一匹は一声鳴くと、ふいっとそれぞれの主人に背を向けた。
愛しいホムンクルス達が見せたその様子にかなりのショックを受けたアルケミスト達は言い合いをやめて押し黙る。
決まり悪そうに互いを見てから、二人して頭に載せていた装備品を外してカートにしまい、それぞれのホムンクルスをしっかと抱いた。
「ごめん。ごめん蒼天、お前が一番だから。あのフィーリルだって、お前に似てるから可愛がってるだけだから。蒼天がいなかったら俺はダメなんだ。だから機嫌直してくれないか?」
「ぴるぅ~……」
「ventってば。ねえ、あれはただの装備品なんだよ。妬いたの? それは嬉しいけどさ……うん、悪かったってば。だから……行かないでよ。俺にはお前しかいないんだから」
「……めぇ」
やれやれ仕方ない、今回だけは許してあげようか。ね?──主人達の様子を見て情にほだされた一羽と一匹が、よしよしというようにそれぞれのアルケミストの頬を撫でる。フィーリルはその小さな羽でアミストルはそのふわふわの頬で。
この言い合いから暫くの間、一羽と一匹の食事は豪勢なもの──とはいってもガレットとジャルゴンはそれぞれのホムンクルスの躯を生成する為の基本餌なので、一緒に飲むものが贅沢になった。
そして、事情を知らずに豪勢な食事を見かけた者達が噂を広め、プロンテラではホムンクルスに愛情の証として贅沢なものをあげるのが流行ったという。
暖かな陽射しが中央通り噴水から溢れる水滴を照らし、それらはキラキラ光ってまた揺れる水面へと飲み込まれていく。
そんないつも通りの日常が流れる中、二人のアルケミストがあまり穏やかではない雰囲気で、噴水の前で向き合っていた。
一方は背中の半分を覆うだろう長さの黒髪をおさげにまとめていた。僅かに額へ垂らした前髪から、髪質は癖のないストレートなのがわかる。男性的な切れ長の双眸に宿る瞳は髪よりもなお黒く、深い夜の闇を思わせた。平均より高めの長身で眼前の相手をじっと見つめている。
その見つめている相手方は、これまた対照的とも言える容姿をしていた。
先端が遊ぶように跳ねている、柔らかい短めの金髪。風に遊ぶそのさまは、彼の奔放な気質をそのまま表しているようだ。猫を思わせる印象的な瞳の光彩は緑がかっていて、蠱惑的な輝きを放っている。中性的な雰囲気だが、どこか高雅さも感じさせる。
金髪のアルケミストはランカーであり、攻城戦に参加している者であれば一度は耳にしたことがある人物なのだ。黒髪のアルケミストは製薬と狩りを等分に行うのでランカーではないが、プロンテラでも有数の人物がバックについているのは有名な話だった。
だが衆目に注視されても致し方ないそんな二人の、もっとも注目されているのは容姿やネームバリューではなかった。
少しずつ集まってきている人々が二人の会話を聞き、そして視線を送る方向。それは頭に載せられているもの──それぞれの愛するホムンクルスを模した装備品だった。
「俺のフィーリルのが可愛い」
「俺のアミストルに勝る可愛さがあるわけ無いね」
先程からこの繰り返しなのだ。
可愛さなど個人の価値観で、主観を論議しても仕方ないのだからどれだけ言い合ったところで無意味というほか無いのだが、二人とも頑として譲らない。
「いいか。このフィーリルはな、ぴこぴこ動くんだぞ」
「ふん。動いて可愛いのはアミストルだって同じだよ」
「いーや同じじゃない。この一見不恰好な動きだからこそ愛らしさが生まれるんだっ」
「何言ってるんだか。見ただけで誰からも愛されるアミストルは、動いてなくても可愛いんだよ。動いたら可愛さが増すんだから、軍配はアミストルだねっ」
「皆って誰が言ったんだ。ネイだけじゃないのか」
「それを言うならそのフィーリルが可愛いって言ってるのだって白狼だけなんじゃないの?」
不毛。その一言に尽きる、馬鹿馬鹿しい言い合い。
一体何事かと集まってきた人々も、聞こえてくる話の内容に苦笑しては立ち去っていく。
だが二人は呆れるほど真剣だった。ホムンクルスに対する愛情の深さがそのまま現れているようで、かれこれ三十分は言い合いしていた。
熱くなっている所為か、愛情の出る方向が間違っていることには気づいていないらしい。
延々と続くかに思われた言い合い。だがここにきてついに、この言い合いを最初から聞いていた二人? が動いた。
「ぴるぅ……」
「……めぇ」
花カートの陰に佇んでいた一羽と一匹が視線を合わせ、小さなため息をついた──ように見えた。
うんうん、と頷いたフィーリルとアミストルは、いまだ言い合いを続ける主人達からそっと離れる。
「あっ、蒼天(そら)!」
「ちょ、ちょっとvent(ヴェント)!」
それぞれ愛するホムンクルスが離れそうな気配を敏感に察知した二人のアルケミストは、言い合いも忘れ慌ててそれぞれのホムンクルスを呼びかける。
だが。
「ぴるっ!」
「めえ」
二人の動転ぶりを意に介した様子もなく、一羽と一匹は一声鳴くと、ふいっとそれぞれの主人に背を向けた。
愛しいホムンクルス達が見せたその様子にかなりのショックを受けたアルケミスト達は言い合いをやめて押し黙る。
決まり悪そうに互いを見てから、二人して頭に載せていた装備品を外してカートにしまい、それぞれのホムンクルスをしっかと抱いた。
「ごめん。ごめん蒼天、お前が一番だから。あのフィーリルだって、お前に似てるから可愛がってるだけだから。蒼天がいなかったら俺はダメなんだ。だから機嫌直してくれないか?」
「ぴるぅ~……」
「ventってば。ねえ、あれはただの装備品なんだよ。妬いたの? それは嬉しいけどさ……うん、悪かったってば。だから……行かないでよ。俺にはお前しかいないんだから」
「……めぇ」
やれやれ仕方ない、今回だけは許してあげようか。ね?──主人達の様子を見て情にほだされた一羽と一匹が、よしよしというようにそれぞれのアルケミストの頬を撫でる。フィーリルはその小さな羽でアミストルはそのふわふわの頬で。
この言い合いから暫くの間、一羽と一匹の食事は豪勢なもの──とはいってもガレットとジャルゴンはそれぞれのホムンクルスの躯を生成する為の基本餌なので、一緒に飲むものが贅沢になった。
そして、事情を知らずに豪勢な食事を見かけた者達が噂を広め、プロンテラではホムンクルスに愛情の証として贅沢なものをあげるのが流行ったという。
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